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トータルライフコンサルタント 相続診断士

2008年9月9日火曜日

コンパニオンシップ

友人のお祖父さんが危篤の状態で、かける言葉に困っています。

相手になんか辛いことがあったときに、相手によって僕は概して2つの立場をとってきました。

1つめは、相手としんどいことを共有し、その話題をとことん真剣に突き詰めて、一緒に落ちるとこまで落ちる。

2つめは、まったく関係ないしょうもない話をして気を紛らわす、という立場です。

しかしながら今回の場合はどっちも全く通用しません。
このような場合に裏技があります。

「しばらくそっとしといてあげる」。

しかし相手が大事な人であればあるほど、その選択は勇気を伴うものです。
大人になるべきですかね。
そっとしとくことを裏技とゆうてるあたり自分はひょっとして傲慢なのかもしれません。
自分がどうにかすれば、どうにかなるとゆう傲慢。

昔ならもうちょっとなんかかける言葉を思いついたはずですが、こんな機会に出くわすのはあまりないのでいつの間にかすごい不器用になってしまいました。器用になっても困るんですけど。


僕は自分がしんどいときには2番目の立場をとってもらったほうが楽です。
目を背けたいというよりは、相手に背負ってもらうのが申し訳ないからかもしれません。
他人に接する時と比べて、大きな矛盾があります。
自分が背負える悩みを、相手には重たいんじゃないかとゆう矛盾。

こうゆう時みんなどうしてるんですかね。
マニュアルなんてないと思いますが。


昔々、イギリスでの裁判やったと思いますが、検事が原告に対して、
「(被告は)犯行当時、あなた(原告)に対してどういう心情を持っていたと思いますか」という質問をしたとき、裁判長から、
「人の気持ちは神様にもわからない。そんな無意味な発言は取り消しなさい」と怒られるという話がありまして、すごく感心した記憶があるんですけど、それが心で理解できるまでにもうちょっと時間がかかりそうです。

大人になるっちゅうのは大変やなぁ。

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