I’M HERE

自分の写真
トータルライフコンサルタント 相続診断士

2008年12月29日月曜日

タキオンの時代

今年の競馬の集大成である有馬記念が昨日行われました。

去年の覇者で中山競馬場巧者のマツリダゴッホがなんとケツから3番目に沈み、3連単は98万円となかなか荒れたレースでしたが、勝ったのは1番人気、ダイワスカーレットでした。


先月の天皇賞で僕はスカーレットを「牡馬相手にG1を取ってない点でウオッカに劣る」と申し上げましたが、これで名実ともに最強を名乗ってもよくなったと思っております。

期待していたウオッカ、菊花賞馬オウケンブルースリ、NHKマイル、ダービー馬ディープスカイ、宝塚記念のエイシンデュピティなどを欠く、「空き巣」だった感は否めませんが…


僕はどうもスカーレットが好きになれず、というかウオッカが好き過ぎるためスカーレットの粗さがしばかりしてしまいますが、それもやっぱり彼女の完璧さによるものでしょう。逃げて12戦8勝、負けた4回はすべて2着。この成績は異常です。逆にウオッカのムラっけには人間的なものを感じて応援してしまいます。


ちなみにこのレースをもってメイショウサムソンは引退を表明しており、種牡馬としての生活をスタートさせるそうです。どんなに凄い馬でも、G1で惨敗を繰り返すことは種馬としての評価という点ではマイナスにしかなりません。しかしサムソンは(陣営がどう思ってたかは別として)全盛期を過ぎた状態で凱旋門に挑み、その反動で天皇賞を回避してジャパンカップで惨敗し、このレースで引退と言っていたにもかかわらず有馬記念にも出走。結果は8着。


去年凱旋門に行けていたら、こんな晩年にはならなかったでしょう。ひょっとしてもう引退していたかもしれません。けど馬インフルエンザの流行の影響で渡欧を断念し、結果として力の落ちた今年挑戦せざるを得ず、種牡馬としての価値を落とすことにもなりました。

けどこの挑戦し続ける姿勢は本当にかっこいいものがありますし有馬記念にしてもファン投票で選ばれたらそら出なあかんやろっていう気概とか、やっぱりアイドルでしたね。

引退レースとなった今回、武騎手の騎乗にも粋なところがありました。
だいたい出負けして好位置につけて競馬のできないサムソンですが、今回は前目3番手につけ一時は先頭に並びかけるという見せ場を演出してました。

1月4日に京都競馬場で引退式があります。たぶん行けないですが、お疲れ様と言ってあげたいです。


ついでにもう引退していいんじゃないかっていう馬

アサクサキングス
マツリダゴッホ
カワカミプリンセス
アドマイヤモナーク
コスモバルク

お疲れ様でした。

2008年12月27日土曜日

クリスマスの盲点

Merry Christmas☆











皆様今年のクリスマスはいかがお過ごしでしたか。


僕は日ごろの疲れを癒すべく、家にこもろうと心に決めておりました。




しかしながら年末のテレビ番組というのはどうも好きになれないものが多く、夕方から最近新しくできた「西宮ガーデンズ」に冷やかしに行きました。




「西宮ガーデンズ」は阪神甲子園球場の跡地にできた大型商業施設で、主に若者向けのファッション店舗が入ってます。


阪急西宮北口駅から、徒歩5分です。



僕は甲子園に行ったことがなかったんですが、意外に近くてびっくりしました。



行った時間が時間やったからかもしれませんが、人もそんなにいなくていい感じでした。
4階屋上のガーデンスペースでは、半日ぐらいは噴水を眺めて過ごせることでしょう。





バーゲンやなんやでだだ混みになる前に、いっとくことをお勧めします…

2008年12月23日火曜日

やっちまったわ!

大学時代の友人が結婚し、その披露宴?(大学の友人限定)に招待され、行ってきました。

18,9のときに故郷石川を出てきた彼女は当時日本語が理解できず、僕らの話を電子辞書片手に聞いていたものですが(日本人です)、そんな彼女のひたむきさを買ってくれる男性が現れたことに心から「助かったな~」と言ってあげたいです。


大学時代、完全にグループごと浮いた存在であった僕を含む何名かの人間は、行ったとたんなぜここに来たのかわからない境地に陥り、寒い中テラスでビール片手に仕事についてくっちゃべってました。


だいたいああいうおめでたい席では女性のお友達はカメラ片手に自分の将来に思いを馳せ、男は男で迫り来る責任感にげんなりしたり身が引き締まったりするものです。僕は前者です!



で、せめて写真ぐらいは撮ろうと思ってカメラ持って行ってたんですが…

メモリーカード持って行くのを忘れまして…

ほんま何しに行ったのかわからないですね。


もし、結婚式ネタに自分の将来を重ねる方がいれば、自由に想像して幸せな気分になってください。

とにかく今回は本当に、おめでとうございました。

2008年12月19日金曜日

私物を小出しにする試み

ブログのようなものを使って人に何かを伝える場合、(興味を持ってもらおうと思えば)見せ方というのが大事になります。

たとえば、写真をアップしたり、文字に工夫を凝らしてみたり、独特の表現を用いてみたり、ほかにも色々あるでしょう。





昔からこのブログを読んでくださっている方はおわかりかと思いますが、2つ前の投稿あたりからちょっと趣向を変えてみました。





大体は



「文字に変化をつける」



というのでごまかしています。



僕は絵文字やら顔文字を駆使して見た目を華やかにする、という作業がとても苦手(現にどういう感情を表すのかわからない顔文字が多々存在する…)なので、誰かに何かを「面白く」伝えようとすると、どうしても話す内容でこねくりまわすことになります。





何かにつけて、「色使いの難しさ」を痛感します。

それでも、携帯で送るメール同様、相手に与える影響が計り知れないものがあります。





次の例を考えてみます。



1・今日、大学に行った。

2・今日、大学に行った。

3・今日、大学に行った。



こう見ると、本当に違いますよねー。



他人の書いてるのを見ると、実感はできるんやけどなー…





自分の思っている以上に自分の書いていることが面白いものではない以上、嫌らしくない見せ方というのをちょっとずつ勉強していきたいと思います。なんかいいアイディアがあったら、ください。





全然違う話なんですが、年が代わるにあたり香水を新調しようかと思います。
渋さの中にさわやかさの宿る匂いがあれば、大募集!!

2008年12月18日木曜日

「泣ける話」も、その成功のために失敗する

よく掲示板なんかで「泣ける話」として取り上げられている話がありますよね。

たとえばこんなやつです。



親父の記憶は全く無いし、顔も名前すら知らない。母子家庭なのだが、母も仕事で忙しく俺は小さい頃から祖母に育ててもらった。いつもばあちゃんは、「ひもじいか?」と言い、卵と醤油だけの炒飯を作ってくれた。それが絶妙な味で、俺も一端の料理人なのだが、何度挑戦してもあの味は出せないでいる。毎日一緒にいたばあちゃんも、小4の頃に糖尿病で他界した。人前で泣くのがかなり恥ずかしい年頃なのに、葬儀中に大声で泣いた。高校の時に、母とばあちゃんの思い出話になった。「ばあちゃんね、料理なんか全然しなかったんだよ」「でもね、お前にご飯食べさせる為に」「不器用だからたったひとつしかレパートリーなかったけど、ご飯作ってくれたんだよ」たしかに今思えば、ばあちゃんの作る炒飯は美味いとは言い切れない。だが俺の思い出の中では、未だに追いつけない味なんだよな。まさに、料理は愛情ってヤツだ。ばあちゃんに、俺の炒飯食べさせてやりたかった。
http://www.melma.com/backnumber_167436_4281670/より転載)




「泣けるか?泣けないか?」って話になり、「泣けるけどすぐ忘れる」という意見と、「泣けない」という意見に分かれました。

僕は泣けません…


自分の肉親に同じことが起きれば、泣けると思います。
そして、この話の当事者は、この話が真実であれば泣けるんだということも容易に想像できます。


では、なぜ泣けないのか?


想像力が足らん!!  という意見は、却下しました。上記の通り、想像はできます。

人間味がないのか?  それも上記の通りNOです。




いろいろ考えた結果、以下の仮説を導きました。

20と何年も生きてると、もちろん身近な人の不幸や、身近な人の身近な人の不幸に出会うこともあります。僕も例に漏れません。

「誰かの死」は、かなりの確率で誰かが泣く話になり、逆に泣ける話というのはそのほとんどが誰かの死の上に成り立っています。(サイト参照)


しかし僕は自分の身近な人の死について、「誰かに話したい」という願望がほとんどありません。それは結構賛同していただけるんじゃないかと思いますが、むしろ上のように公にすることについて、かなり違和感があります。



自分がなぜ公にしたがらないか?

理由は思いつく限り、以下のようなことです。


  1. そもそも自分の負っている悲しみを、人が自分が負っている以上の悲しみとして理解するわけがない。つまり、人に話すと自分の大事な人の死が、自分が思っているほど崇高なものではなくなる恐れがある。本当に悲しいなら、自分の内に秘めて消化するほうが危なげない。
  2. 人にこの手の話を聞いたとき、普通はちょっと困る。その理由として、何を求めているかが明確でないのと、「死者」という人種の圧倒的な存在感がある。自分が逆に話す立場になったとき、同じ心境に陥らせるのではないか?という恐れがある。また、1の理由によりあまり安っぽい意見も聞きたくはない。

このようなことを理由として考えたとき、逆に公にしようという立場の人の心境を想像するに、次のようなことが考えられる。

  1. 正直悲しみはそこまでのものではない。
  2. 広く人に聞いてもらうことによって、少しでも自分と同じ心境に達してもらい、それを実感することで自分の悲しみを和らげようという意図がある。(気分転換を含む)

しかしこういってしまうと、ものすごい悪意があるように聞こえてしまうので、自分のことを考えたとき、もうひとつの疑問に出会いました。

「もうそろそろ話してもいいかな」と思うのはいつか?

自分の場合、悲しみが薄れたときです。

話したとしても、もう悲しまない。そしてその姿を見て、聞いてくれた人も悲しまない。そう判断していいタイミングだと思います。

おそらく「悲しい話」はこれにあたると思います。

つまり、「聞いても誰も悲しまないタイミング」で話している。悲しまないというと語弊があるかもしれませんが、「悲しむことを楽しめる程度」ということでしょうか、一種の「エンターテイメント」です。

ここにものすごい違和感を感じるんです。「泣かせよう、おそらく泣くだろう」と思って書いている本人は悲しみの時期をとうに越えて、エンターテイメントとして話を提供する。そしてその提供された話は、ほとんどの場合が自分の身近な人の死を題材にしている。その温度差に妙に冷めてしまって泣けない。

これやったんですね…

「泣く」という行為には、感情移入が必要です。

相手に同情するとか、自分に置き換えてみるとか、何かしらやってると思います。だからこそ、泣ける話であればあるほど、話してはいけない。人を(エンターテイメントとして)泣かせようと思うなら、公にすべきでない。ということになるのかもしれません。

まあ、僕のような人間を泣かせようと思えば、ということですが…

結構こういうのが弱い人も、たくさんいるみたいですね。



写真 de 人格論

疲れてボーっとしてるときに昔の写真をもう一回見ることがあるんですが、同じような写真なのにどうして微妙に感じ方が違うのかということが気になって仕方なくなりました。


これはもうちゃんと構図の勉強をするしかないんでしょうが、真剣に考えてみました。


ここに写真が5枚ありまして、去年の秋ごろ城崎の北側の海岸で撮影したものです。



真ん中に被写体。で、上から空、海、砂浜です。今から載せる写真の中で、もっともその割合が1:1:1に近いものです。全体的に暗いせいか、あんまり楽しさは連想させません。なんとなく気になるのが右上の光。これを勝手にテーマとしましょう。「救い」です。






次はこれ。被写体の歩き方に躍動感を感じるとともに、テトラポットに跳ねた波とか動きが目につきます。「開放感」です。






同じような写真ですが被写体の大きさが違います。こうなると後ろの景色にあんまり目が行きません。


が、空がやや大きめに割合をとっているので明るさは目に付きます。秋の日本海には見えず、全体的に穏やかな感じがします。「休日」です。






後ろから撮るとこうなります。向かっている先が見えるので、目的を写すことになります。先にはもちろん海ですが、背中を大きく見せながらなんかちょっとした段差を上がっているところとか含めて大きなことをやってくれそうです。「決意」です。







上と似てますが、全体的に暗い。海も荒れてます。被写体の足取りも重い。


上のと比べ、やややる気が感じられません。目線の先には目的があるはずですが、あまりいいことではなさそうです。「憂鬱」です。








ごらんの通り、構図、視点、光の入れ方、選択する動き、等々によって大きくテーマが変わる





このときの僕は、別に落ち込んではいないし、何かを特に決意したわけでもなければ抜け出したい環境があったわけでもない。とすると、「いい写真」を「状況を正確に捉えている写真」とこの場では定義すれば、3枚目か4枚目が適当ということになりそうです。少なくとも僕にとっては。








でも写真を見るのは第三者も含まれるので、広く受け入れられる写真となるとまたむずかしそうです。



「気になる写真」でその人の心模様がわかるか?



勝手な希望ですが、わかって欲しいです。なんかそんな心理テストが、ありそうですけどね。







でもそう考えると、「よく状況を捉えているもの」という点において写真というのは、絵画に比べてはるかに難しいのではないでしょうか?絵というのは、まあ作者の判断で色を誇張したり、それを含めてやり直しがきく。写真もたしかにパソコンに落とせば編集がききますが、フィルムの一眼レフなんかで撮るとなるとそれこそいろんなことを考えながら撮ってるんですかね?






祖父がなくなったとき、遺品である一眼レフをもらいました。「祇園」という立派な名前をつけました。



が、よー使いません。使い方に関しては説明書読めばすむだけの話なんですが…まあやから、構図とかね。



でもこういうのって、勉強するより独学のが面白いと思うんです。たぶん自分の場合、そのおおざっぱな撮りかたを知ってしまうと、がっちがちに型にはまって、自分の考えてることが写真に出なくなる、と生意気に考えているので手を出すのがちょっと怖いわけです。方法だけは知っといてもいいと思うんですが。


こっからは本当になんとなくの話ですが、被写体の大きさとか構図、明るさ、動き等の違う写真のうちどれを好きになるかで、性格が出るんじゃないかと思っています。僕がこの5枚の写真を見比べて、(半ば強引に)テーマの違いを感じたように。で、好きな順番も言えたように。








ひょっとしてその日の気分によって、惹かれる写真が違うかもしれない。たぶん、そうだと思います。でも「いつ見てもすーっと入っていける写真」というのは、たぶんその人自身です。かっこいい言い方をすれば。この仮定が本当なら、なんか素敵な話やと思いませんか。










2008年12月15日月曜日

The Art of Origin

かねてより、男が女性の身体のラインに目をやってしまうのは単なるエロ心からではない、と申し上げておりました。

じゃあ何だよ、といわれるとそれは「芸術を愛でる心」です。つまり、男にとっては芸術品なのである、かいつまんでいうとそういうことです。


何でこんなことをいきなり言い出したかというと、支持者が見つかったからです。
http://booklog.jp/users/riceshowerst/archives/B0018RPPIQ

書いてるのは僕ですが、映画に支持されました。


さて、本日15日は京都でこんな催しがあります。
http://www.tedukuri-ichi.com/

これはいっとかなあかんなあとは思うんですが、なかなか時間が合わず…
来月こそは…

景気が悪くなると、まず煽りを受けるのが嗜好品と広告費。
このような催しをなくさないために、ブログを続ける身としてホンマにちょっとやけど貢献しときたいと思います。

2008年12月8日月曜日

去勢しろ

怒涛の本日3件目です。しばらく忙しかったのでまとめてやってしまいます。


また変態による幼女殺害事件が起こりました。
容疑者が軽度の精神障害を負っていることを知りながら僕があえて変態呼ばわりするのは、少なくない障害者が望むとおり本人を一般人と同じ扱いにしているからであり、少なくない障害者が被害妄想の限りに叫ぶとおり障害に対して侮蔑的な態度をとっているからではありません。

普段障害者の保護者なんかは「この子も皆さんと同じ普通の子なんです」といいながらこういう事件を起こしたら「この子は特別なハンデを背負っていまして…」と言い訳する。人を殺しといてそれはねえだろう。高校卒業後布団会社で普通に働き、一人暮らしをしながら仕事が嫌でやめ、それで責任能力がないからって言うならはじめっから一人暮らしなんかさせるなよ。と言いたいです。

だいたいテレビの取材で嘘ついてんねんから、悪いことっていう自覚があったんやろう。


差別、という言葉は人と違う障害に向けられることにのみ用いられるべきで、ひとつまかり間違えば普通に人を殺しうるっていうとこが問題なんです。B2クラスの障害を持つ人がみんな幼女趣味なんかといえば違うやろうし。


障害を持ってる人が普通の人と同じように生活してるんなら、普通の人はまたそれと同じように生活してる。それを妨害する行為は憲法レベルで認められているにもかかわらず、精神的に人と違うものを持っているからといって「あの人は何やらかすかわからんから」っていう緊張を含んだ姿勢で接しろというのか。それが本当に望みなんですか。それが差別ではないとでもいいたいのか。都合が良すぎるわ。


ある障害をさして軽蔑的な態度をとる人なんてもう成人になればほとんどいないと思いますが、「自分と違う、何をするかわからない」っていう警戒が「人と違う扱い」になるんだと思います。「この人に殺されても文句が言えない」っていう警戒も加わります。そんな相手とどう接するか。僕が思うに学校レベルの道徳教育では答えになっていません。

裁判員制度が始まりますが、こういう質の問題に裁判員がどういった裁きを導くのか非常に興味があるところです。現在死刑賛成論者は反対する人より多いという調査もありますが、それが何人か集まって議論すれば死刑という結論には至らない、というのが僕の直感的な持論です。なのでこの手の問題に関しても、何か今迄から変化のある答えが導かれるという期待はあまりありません。どれだけ怒りを感じても、道徳的な問題をはらむ限り論理的に量刑を導くということが不可能だからです。ましてや普段個人の仕事を休みながらの裁量。裁判に集中しろなんて虫が良すぎる気もしますが…



あと、近隣住民にとって、いい人かどうかを決める基準がなぜ毎回「自分に挨拶をしてくれたかどうか」なのか。
思うにそれしか接点がないからであって、それはつまり近隣住民自身が「ほとんど知りません」ということを露呈しているのではないか。僕は「挨拶のできるいい人だったのでとてもそんなことをするような人には…」という発言は、時間の無駄なんで流す必要はないと思っています。まあ今回は、挨拶のできない人だったようですが。

マイハートウィルゴーオンアピクニック打法




昨日は所属しているフットサルチームの試合がありましたので出場してきました。


5試合して2勝3敗●●●○○。昨日の播州地方は朝の気温がマイナス3度とかだったそうで、身体ががちがちで全く走れませんでした…




4試合目に相手のシュートを頭に受け、一瞬膝に力が入らんかったときはてっきり他界したと思いました。








ところでジャパンカップダートでカネヒキリが優勝しましたね。


故障からの復活、ということで買ってもないのに喜んでしまいました。




日本のダート界では、海外ほどG1が整備されていない(中央ではフェブラリーSとジャパンカップダートの2つのみ)ので、種牡馬として評価されたい中央のダート馬は地方の交流G1に参加するしかなくなります。しかし交流G1になると中央とは違い賞金が少なく、種牡馬としての評価もあがらないため現役を続行するしかなくなります。G18勝のブルーコンコルドやら7勝のヴァーミリアン、今回勝ったカネヒキリもすでに4勝していたにもかかわらず骨折しても現役にこだわった理由がそれだそうです。こんだけ強いのに、大変ですね…



G1のない夏場か、年末の東京大賞典をJRAのG1にしてもおもしろいんじゃないでしょうか。



試合後、氷点下の中〇橋と打ちっぱなしに行きました。相変わらずドライバーが当たりませんが、50ヤードぐらいのアプローチで才能の片鱗を見せました。新打法を開発したのです。
その名も…

ルミナリエ2008







今年もルミナリエ行ってきました。14年間皆勤を守っております。
来年も続くように、100円募金に協力してきました。
ルミナリエは毎年採算がとれなくなってきており、いつ終わるかということが話題になる震災からの復興復興イベントですが、不況で企業からの協賛が減った今年、期間を去年よりさらに短縮して開催しております。15年目ときりのいい来年あたり、そろそろ潮時なのかもしれませんが、やめるなら開催前にいう(集客効果)であろうのでまだわかりません。
写真の3枚目がその募金の図(横から)なんですけど中央の鐘をめがけて100円を投げて見事当たるとなんかちょっと嬉しい効果で親御さんに小銭をねだる子供がいたりして、思う壺でした。ちなみに僕もその一人です。「100円募金」と定義することで5円玉より100円の投入率も上がったことでしょう。
ちなみに今朝の神戸新聞の1面に、「売れないルミナリエ宝くじ」と載ってました。いろいろやってんなあ。

2008年11月30日日曜日

そして露酒は海を渡る

今日はジャパンカップ、ということで出走表に目を通してみました。

僕は「最強馬」といわれる馬の中でもジャパンカップをとっていない馬はその名に値しないと思っているので、いつも1998年度の本レースを制したエルコンドルパサーを挙げることにしていますが、そのためにはジャパンカップはハイレベルなものでなければなりません。しかしながら、今回のレースはG1馬6頭を除けばなんで出てきたのかよくわからない面々。外国馬もかつてのピルサドスキーやらモンジュー、シングスピールに比べると小粒で上位と下位の差が激しいレースになりました。


で、よくみると今回海外から招待されたペイパルブルの父親がなんとモンジュー…!!
歴史を感じます。モンジューはフランスのリーディングサイアー(ナンバーワン種牡馬)なのでわからんでもないんですが、こういうのは嬉しいですね。



モンジューの父親はサドラーズウェルズと言うのですが、これはロンドンのサドラーズウェルズ劇場からとっています。サドラーズウェルズ系の馬にはこれにあやかり歌劇を連想させる名前がよく使われます。

たとえば産駒のカーネギー(カーネギーホール)、オペラハウス、その仔テイエムオペラオー。自身の父の名がノーザンダンサーで、その仔にニジンスキー(ロシアの天才ダンサー)、ヌレイエフ(同)、リファール(フランスの舞踏家)。
ジャパンカップを勝ったシングスピール(ドイツの庶民向け歌劇)は孫に当たり、その仔にはローエングリン(ワーグナー作のオペラ)がいる。
予断ですが上記エルコンドルパサー(アルゼンチン民謡)も彼の孫に当たります。

リファールの仔のダンシングブレーヴ(凱旋門賞馬)がマリー病という奇病に冒され海外では種牡馬としては見限られてしまい、日本に輸入されたことも、この系統が広がるきっかけにもなりました。サンデーサイレンスが最近まで種牡馬として席巻していたためあまり流行血統ではないんですが、僕は名前の美しさが好きでこっちの系統を応援しています。ちなみにジャパンカップの目下の敵は、サンデーサイレンス産駒のマツリダゴッホです。


サンデーサイレンスの仔がマツリダゴッホ、というように、海外の馬の名前に比べて日本の馬名はホンマセンスありません。僕は日本馬は漢字でもOK、っていう風にして欲しいんですが、何でもかんでも海外になぞらえようとしてるJRAによって却下されるでしょう。香港では出走馬はみんな無理やり漢字表記になるんですけどね。昔ハットトリックという馬が香港に遠征(優勝)したときの表記が、「三連冠」でした。「絶影」とかセンスを感じると思いませんか。



というわけで、今回の出走馬を一部漢字表記にするとこうなります。一部私情が混じりました。
ウオッカ→露酒
アサクサキングス→浅草王
スクリーンヒーロー→銀幕王子
オウケンブルースリ→桜拳香港星
メイショウサムソン→名将寒損
そういえば寒損もオペラハウス産駒でした。

申し遅れましたが下に最近付け足したYOUTUBEは過去のMIRです(個人的)。

三浦が阪神行かんでホンマよかった~

2008年11月29日土曜日

ひたひた

いくらなんでも早すぎやろうとは思うものの、11月の頭ぐらいから急に街中がクリスマステイストを帯びてきます。男たる僕らがそれに対して抗議してみたところで話にならないほど、クリスマスがいつの間にか女性主体のイベントとなってる気がしてなりません。そう思い込まされてるといってもいいぐらいです。


僕の友人に、クリスマスプレゼントとしてのアクセサリーに全く意味を見出せないという人間がいます。お金がついていかんのもあるでしょうが、どうせなら花粉症気味のパートナーに加湿器をあげるとゆうてました。すばらしい心がけだと思いますが、いくらそれを個人的に賞賛したところで社会的にはおいて行かれることになるでしょう。逆にアクセサリーのような目に見える形にこだわる人を見ると、型にはまってんなあ~とは思うけれども、その型にはまっているのを楽しめるのがクリスマスの特徴でもあります(女性の中には、「誕生日が一番大事」という人も多いにも拘らず)。


クリスマス商戦(11月~12月)の小売総額は、1年間の売り上げの4分の1だそうです。〇〇商戦の中ではだいぶ成功してるということがいえると思います。それに比べると、ハロウィンなんてのはまだまだ定着するのに時間がかかりそうな感じがします。まあハロウィンに始まり、クリスマスでキリストの誕生日を祝えば一週間後には寺で煩悩の数だけ鐘を衝き、その何時間か後には神社に参って抱負を述べる。冷静に考えると大変な国やなあと思います。ちょっと違うかもしれませんが、平仮名、カタカナ、漢字、外来語からなる日本語という語学もだいぶ大変なもんやと思います。こうゆう風に言ってしまうとどうもこの風潮はしっくりこないんですが(笑)。


ただクリスマスの場合、その期間「誰かと一緒にいないといけないような強迫観念」にかられるということと、変に浮かれたやつが人様に迷惑をかけだすという客観的事実に照らして考えると、「公害」と認定できると思います。

2008年11月27日木曜日

「下々の皆さん」発言は本気だ

元厚生労働省事務次官連続殺傷事件について、省内の天下り問題とか年金問題をふまえてある掲示板に「自業自得」だとか、「天誅」だとかいう趣旨の書き込みが多発していることについて、各マスコミが批判的な態度をとっていたりそれについてまた掲示板内で「偽善者」だとかいう批判が噴出していることとは裏腹に、今回の事件は全く低次元の話のまま終わってしまいそうです。

何でも容疑者には消費者金融に数百万の借金があり、人生に思い残すことがなくなったという旨の供述をしているとのこと。今までの話を総合すると、結局ろくに働きもせず借金を重ねた結果しんどくなって自殺しようと思ったけど死ぬ勇気がなかったため法の力を借りて死刑になりたかっただけで、34年前に保健所で処分された犬とか、ましてや年金テロとかそんな理由は全くの後付けやったんやないかって気になってきます。池田小学校の事件とか、こないだの秋葉原のと動機が一緒で、違うのは対象が大学時代に悪と認識した高級官僚に向いたということだけです。


どこで恨み買ってるかわからん、ってゆうか今回はそれ以前の問題ですが、それなりに大きい仕事をしようと思えば、誰かに迷惑がかかる。キレる10代のために学習要綱を改定すればゆとり教育だなんだと批判をあび、規制を緩和して競争を活性化すれば格差を生んだと叩かれ、どっかの株があがればどっかが下がり、前回追い込み策で結果が出なかったから先行策にしたら八百長を疑われ、死刑宣告を受けてるから執行したら「死神」と揶揄され、便利がいいから24時間営業にすればその時間働くのはどうしてもフリーターで、実はペットボトルをリサイクルするほうが資源を使用し、正しいと信じて教育のため頭を小突けば体罰といって親に殴りこまれる。いったいどれが本当で、どれが嘘か、もしくはそんなもの初めからないのか、わからなくなっています。そんな大いなる矛盾の中で普通に生活しているのはエネルギーを使うし、使った挙句気違いに殺されたんじゃやりきれない。

容疑者が大学時代に高級官僚が悪だとわかったのは広く知識を集めたからに違いないでしょうが、その情報もまた上記のような矛盾をはらんでいるのです。それで一方的に誰かを敵に仕立てたところで、いったい何が解決するのでしょうか。



その点、タイの空港封鎖は正義が何か、はっきりしてる。安倍の後釜が総理大臣になろうが福田の後釜がなろうが、デモひとつ起こらなかった日本では考えられない…

2008年11月25日火曜日

いとかなし























京都の永観堂に紅葉狩りに行ってました。

観光客が例年より多(タクシードライバー談)かった影響か、とてもゆっくり見てられる状況でもなかったんですが…

ご覧の通り、デジカメの夜景モードの難しさを痛感する結果となりました(笑)


よく桜は儚さの象徴とか言いますが、桜の場合はその儚さを楽しめる。その程度の儚さですが、モミジの場合はそうはいきません。

桜の場合は花が散ったあと訪れるのは夏ですが、モミジの場合は冬です。その辛さを考えれば、儚さの象徴はやっぱ紅葉やと思うんです。

桜のように派手な花を咲かせて主張することもなければ、木から毛虫が落ちることもない。その地味さから、僕の偏見かもしれませんが紅葉の場合はモミジを見に来るわけではない。その場全体の冬へ向かうその雰囲気を楽しむ。それを引き立てるものとしてモミジは抜群の働きを披露してるんやけども桜ほど主張しないといういい人の代表みたいなもんやと思ってます。



でも時節柄、大麻草に見えんこともないのがなんとも残念。












2008年11月15日土曜日

スモール











三国志ブームに乗って、姫路にある小赤壁というとこにいってきました。



前から看板が目に付いてはいたのですが、大体なんかをもじってあるものはがっかりすることが多い(韓国のイチローなど)ので特に気にはならなかったんですが…
ご覧の通り、割と迫力もあり夜になると向こうの工場がライトアップするらしいこともあってきてる人もちらほらいました。
車かバイクが必要ですが、興味がある方はぜひ一度行ってみてください。
(崖の下の砂浜には降りれるようです)
ちなみに写真の彼はもちろん人生に疲れきったわけではございません。









2008年11月13日木曜日

震源地 神戸

毎回思うんですけど、公人が失言を冒す度に「こういうニュアンスで言った」とか「本意はこうだった」という言い方を決まってしますが、ではなぜその本意の通り喋らなかったのでしょうか。


今回の「関東大震災はチャンス」という失言のあと、「チャンスはきっかけの意」という弁明に終始していますが、あの言い方では伝わるはずもなく、講演の映像を見た僕はぞっとしたほどです。「関東大震災はチャンス」といったあの瞬間、「チャンス」という言葉は間違いなく「好機」の意味で使われていました。


ほとんど人権侵害の「産む機械」発言の時と異なり、今度こそ「庶民感覚とのずれ」が問題視されるような気がします。僕が思うに今回の庶民感覚とは、「関西の発展<天災による(人の死を含めた)破壊被害」ということになります。井戸知事の発言は、話の流れ上非常に軽いものであったうえ阪神大震災のまさに震源地で行ってしまったがために話が大きくなったこともあるでしょうが、何よりふざけていると思うのが井戸敏三vs石原慎太郎という構図です。

昨年4月に三選を決めた石原東京都知事が阪神大震災時の兵庫県の救助活動の不備を指摘し、「トップの判断が迅速であれば死者は2000人減ってた」という趣旨の発言をし、これに対して井戸がブチ切れたという経緯があり、「仕返しじゃね?」ってゆう憶測を呼んでます。僕の印象では「普段人に受け入れられない偏屈じじいがちょっと講演でウケたがためについうっかり調子に乗って口が滑った」結果であり「ある意味本音」という感じです。


まあそれが問題なのでありこの人の場合(影が薄いため特に取り上げてこられなかったが)過去にも「飲酒運転したから免職ってゆうのは厳しい」旨の発言などで「んん?」ってゆう感覚になることもあったので「おめーがずれてんだよ」と言いたくもなりますが、失言の質上今回こそ辞職に追い込まれてもおかしくないと思ってるんですがどうでしょう。首都直下型地震が起きると犠牲者は数十万~数百万人とももしくはそれ以上とも言われますが、その人命と引き換えにウケを狙いにいけるほどアグレッシブな公人は、おそらく一般市民には受け入れられません。言った後「なぜ苦情が来てるのか理解できない(本人談)」のも耄碌したからでしょう。


今回の件で日本人ってゆうのはホンマに地震を恐れてるんやなあってゆう実感が湧きました。普段口にはしないけど、心のどっかで地震のことをイメージしてる。何か発言があるたびに、被害者感情が甦る。東海地震とか、関東大震災とか、おそらくそう遠くはない将来起こって、数百万人の犠牲者が出ることを…恐れずに言えば、心のどこかで覚悟している。それが自分や、家族など自分の大切な人ではないことを祈りはするけれども、その可能性は低くはないとは思っている。何十年に一回起こるであろう大地震で人が亡くなることは、もう確定事実のようにも見え、そしてそうであればあるほど、やはり「関東大震災はチャンス」という発言が、より怒りを呼ぶものとなるのです。そしてそれは、関西の人間が自分たちの身に起こったことではなく、少し離れた、関東の人間の(死を連想させる)悲劇を扱った趣旨であったことにも因るでしょう。いわば他人事のように聴こえ、そのうえ残念なことに、大地震を体験しているわれわれにとってそれが他人事ではないからです。僕がずれてると思うのはそこです。



一部の人間が、私怨に基づき一時的とはいえこのような思慮を欠いた発言をしているとすれば、腹が立ちますね。

2008年11月9日日曜日

泣く準備はできている

今日、東京競馬場にオグリキャップが来たらしいですね。
30代以上のファンにとってはたまらんかったでしょう。

オグリキャップは1980年代の終わり、まさに日本がバブルの全盛期にいる間に活躍した馬で、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%97
ご覧のとおりかなりの名馬なわけですが、この成績以上に競馬人気を上昇させた数少ない一頭でもあります。


前述のとおり、日本は空前のバブル景気の真っ只中にあり、都心の人的需要に応える形で地方から若者が上京し、経済的欲望を満足させるべく奔走した時期でありました。

笠松という地方競馬出身のオグリキャップが中央競馬に乗り込んで活躍する姿が、彼らにオーバーラップしたと言われています。

しかしウィキペディアにもあるように、管理者の脱税問題や、馬の体調を完全に無視したローテーションで賞金を稼ぎに行く姿は、賛否両論を巻き起こしました。そして悲しいかな、その無茶なローテーションに応えるように好走を続けたことが、また彼の魅力のひとつにもなっていたようです。マイルチャンピオンシップ~ジャパンカップという究極の連闘がその顕著な一例です。

結局オグリキャップは晩年、惨敗を続け人気の下がった引退レースの有馬記念で、奇跡といわれた復活優勝を遂げ、「葦毛の怪物」という称号とともに種牡馬生活を送っていたわけです。(種牡馬としても引退済)


くしくも昨日、もう一頭の怪物が復活しました。カネヒキリという馬なんですが、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8D%E3%83%92%E3%82%AD%E3%83%AA
こちらは怪我で休養してて、なんと昨日のレースが2年と4ヶ月ぶり。それでも2番人気に支持される人気ぶり。G1を4勝し、ドバイでのレースでも期待を持たせての4着と、怪我がなければ…と思えて仕方ない怪物です。昨日は久々が祟ってか9着に敗れましたが、おそらく11月4週のジャパンカップダートに出走するでしょう。現在G1を6連勝中のヴァーミリアンと、ダートで初めてヴァーミリアンに土をつけられたサクセスブロッケンと、直線で叩き合って欲しいですね。復活優勝を期待してます。

2008年11月7日金曜日

メガンテ

先日ここの投稿で触れたタコフェリーですが、一昨日ぐらいに船上で自殺者が出たそうです。
おそらく海に飛び込んだのではないかということだそうですが、あの辺は瀬戸内海の中でもちょうど海流がぶつかるところらしく、捜索は困難なようです。


それとは別に、僕がよく利用するJR山陽本線では毎日のように人身事故がおこり、そのたびに列車が運転を見合わせたり、30分1時間遅れたり、まあホンマやり場のない怒りに毎回苛まれるわけですが、一日中働いてやっと帰れるサラリーマンの方はもっとかわいそうです。


http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm

日本人の1年間の自殺者は30000人強。仮に年間365日で割って一日の自殺者が90~100人と推測すれば、JRに一日一人飛び込んでても不思議な数字ではありません。しかしながら百歩譲って死ぬのにもっともな理由があったとして、公共機関のお世話になるのは頂けません。非常に迷惑です。


去年の今頃、いじめによる学生の自殺についてテレビ他マスコミで喧しく取り沙汰されました。でも上の資料を見て知ったんですが、学生の自殺者は別に増えてません。むしろ去年に限って言えば、バブル以前を下回る低い水準です。そしてまた、年齢別のグラフと照らしてみれば、いかに大学在籍中の自殺者が多いかということに気づきます。


これは一種の過剰報道、といった理由もあったでしょうが、いかにメディアが暇だったか、そしていかに日本が平和であったかを意味するような気がします。今も小室さんの事件について、凋落ぶり、栄光と挫折のギャップばかりがクローズアップされてるし。ただの5億円詐欺事件なら、小室氏の幼少時代について言及する必要がないからです。



世が平和やと今までのタブーに挑戦する人が出てきます。

こないだ話を聞いたので見てみました。

http://ameblo.jp/yabuki-charlotte/

需要あるんですか?
どうなんですか?

2008年11月2日日曜日

痺れた

今日は天皇賞でした。
凱旋門賞に行ってたメイショウサムソンが回避しましたが、それでも新旧ダービー馬にダイワスカーレット、不振から抜けたドリームジャーニー、菊花賞馬アサクサキングス、重賞5勝で去年の3着馬カンパニー、重賞常連のアドマイヤフジ、などメンバーは揃いました。

まあ結果としては決着は妥当について、1着ウオッカ、2着ダイワスカーレット、3着ディープスカイだったんですけどやっぱりウオッカは強かったですね。史上最強牝馬といって過言じゃないでしょう。スカーレットも強いことは強いですが、牡馬相手にG1をとってないというのが減点材料です。


で、秋天といえばやっぱりこのレースですね。

http://www.youtube.com/watch?v=Osrn-FOEHwM&NR=1

僕が「予後不良」の意味を初めて理解したレースでした。

ちなみに僕がやってるウイニングポストというゲームでは、うちの牧場の馬であるサイレンススズカは立派に種牡馬として活躍しています(笑)


今度マイルチャンピオンシップを見に行きますが、こっちのほうも充実のメンバーが揃いそうです。


CBC賞(G3)、北九州記念(G3)、スプリンターズS(G1)と3連勝し波に乗るスリープレスナイト、
阪神牝馬S(G2)、ヴィクトリアマイル(G1)を含む3連勝と充実著しいエイジアンウインズ、
先行策にしてから重賞2勝のローレルゲレイロ、
年齢のせいか最近は精彩を欠くも去年の高松宮記念(G1)と阪神C(G2)の覇者スズカフェニックス、
同じく最近はぴりっとしないが今年のシルクロードS(G3)と高松宮記念を制したファイングレイン、
ダービー卿CT(G3)、富士S(G3)とマイルの重賞2連勝中のサイレントプライド、
函館SS(G3)のみと重賞の勝ち数は少ないが必ず上位に食い込むキンシャサノキセキ、
調子は悪いが金鯱賞(G2)、マイラーズC(G2)、かきつばた賞(G3)勝ちのコンゴウリキシオー、
青葉賞(G2)、鳴尾記念(G3)を勝っている素質馬ハイアーゲーム、
AJCC(G2)勝ちの素質馬エアシェイディ、
阪急杯(G3)、京王杯SC(G2)を勝ち先の安田記念で人気薄ながら3着に粘ったエイシンドーバー、

そのほかエリザベス女王杯とどっちに出るのか動向が注目される
一昨年の桜花賞(G1)馬キストゥヘヴン、
府中牝馬S(G3)勝ちとヴィクトリアマイル3着があるブルーメンブラット…

などなど、出走全頭が重賞勝ち馬になりかねないすごいメンバーです。

海外馬は、
キップデヴィル(USA)
08 Maker's Mark Mile S (米G1) 1着07 Breeders' Cup Mile (米G1) 1着07 Frank E. Kilroe Mile H (米G1) 1着〔25戦11勝〕
ラーイズアトーニー(CAN)
08 Woodbine Mile S (加G1) 1着08 Connaught Cup S (加G3) 1着〔18戦7勝〕
ラーレイブ(USA)
08 PRIX QUINCEY (仏G3) 1着08 GROSSE EUROPA-MEILE (独G2) 2着〔19戦6勝〕
ラヴレイス(GB)
08 OETTINGEN-RENNEN (独G2) 1着07 Supreme Stakes (英G3) 1着〔19戦7勝〕
ナタゴラ(FR)
08 PRIX JACQUES LE MAROIS (仏G1) 2着08 1000 GUINEAS STAKES (英G1) 1着07 CHEVELEY PARK STAKES (英G1) 1着〔14戦7勝〕

だそうですが正直どんなんかよくわかりません。
けど、G1戦線が久しぶりに熱い1年になりそうですね。

すいませんすいません

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20081101-OYT1T00763.htm?from=nwla

この人らってどうやって最高職についたんかはわからんけど、ちゃんとした歴史に対する見識を持っててそれなりにちゃんと情熱を持ってたから最高幹部になれたんやと思う。

たぶんその熱意とは彼にとって「太平洋戦争は侵略ではない」ってゆう見解のことやと思う。
で、その熱意をもったままやっと自衛隊の最高幹部になれたとたん、論文に発表できるほどしっかりした見識は押さえ込まれるってゆうなんともフラストレーションの溜まる世界のようです。
この点については先の中山文科相についても同じことが言えるでしょう。

日本政府は太平洋戦争について、1995年の「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」という村山談話を踏襲し続けていますが、一昔前に起こった「従軍慰安婦問題」のときのように、戦争に関することはとにかく謝ってしまうという不誠実な対応のように見えます。現に現地の人には大きな迷惑をかけたものでしょうが、正確な歴史認識に関する議論などはほとんど吟味されていない。従軍慰安婦についても、デリケートな問題である上「強制的に」とかすごく解釈の難しい言葉のせいで話がややこしくなり、謝ってしまったほうが…ってゆう感じになりました。

被害者がどこまでの補償を求めているのかは知りませんが、そもそも中国や韓国とは微妙に文化が違いモラルも違い(食品の安全等)、どこまで言葉の意味を共有できてるのかも怪しいもんです。

ってゆうどうしても歯切れの悪い文面になってしまうんですが…


「侵略ではない」という見解を持ってても公にしなければ幹部なのに、公にしたとたんそうはいかなくなる。なんか変な世界ですね。思想の統制など、そもそもできるものではないと思います。
戦争世代ではない僕らはなおさらです。

2008年11月1日土曜日

都会は溢れて 田舎は足りない

3年後に消費税が3パーセント上がることが決まってしまいました。8パーセントとは言っても、先進諸国の中ではいまだ低い水準を保っています。

日本は現在世界で2、3位の経済大国ですが、いずれインドにも抜かれるでしょう。トヨタがこんだけ不調で、タタ社が好調ならば仕方のないことです。人口の多い国が本気出せばあっさりですよ。

のわりに、「住みやすさ」を示す水準は先進45国の中で最低ラインという国なんです。消費税を上げるからには、社会保障を充実させて福祉国家になるしかありません。


それはおいといて、消費税が上がるだけじゃ不満なんで代わりといってはなんですが高速料金が大幅に値下げになり、関西から九州までなんと1500円で行けてしまうというすばらしい時代が来るようです。

明石海峡大橋はなんとかならんのやろうか。車で走ったら高々10分ぐらいの距離に、2300円。そうでもしないと元の取れない大橋が、大幅に計算がくるって全然採算があってないという話です。

大橋の下を通るタコフェリーについても調べてみました。普通車で2050円。同乗者一人につき380円なんで、2人でわたると2430円ということになります。搭乗時間は20分。

つまり、タコフェリーには
2430円ー2300円=130円
20分ー10分=10分    分の楽しみがあるということになりますね。今度フェリーでわたるので、確認してきます。

2008年10月29日水曜日

三浦とるんじゃねえ

http://mainichi.jp/life/money/news/20081030k0000m020113000c.html


日銀が利下げを検討しているという記事ですが、
Y=C+I+G+EX-IM(国民総生産=消費+投資+政府支出+輸出ー輸入)というマクロ経済学の基本公式にのっとって考えれば、利率↓→貯蓄↓→消費↑、投資↑→国民総生産↑ということになります。

でも残念ながら、普通に生活してる人は不況→消費↓という風に半ば狂信的に信じているのでなかなか思うような効果が出ません。どこを歩いてもディスカウントショップが盛況で、100円とあらば多少健康に悪くても目をつぶる。なにかしら有害物質なんて入ってるに決まってるやん。同じものが300円でも、その値段は企業努力の結晶なんやから。100円のもの買って、幼児が飲んでどうこうゆうてる親はどうかと思う。

それはさておき、平成不況を測るのに「消費の冷え込み」ってこないだまで散々ゆうてたにもかかわらずこうなんで、消費をいじるにはもう各国首脳が嘘でもいいからテレビとか街頭演説で「今めっちゃ景気いいですよ」って言うのがいいんですかね。どっかの首相は「円高はいい」ってゆうてくれたそうですが。

まあともかく、教育というものの重要さを実感します。みんなのベクトルが、同じほうを向かないという事実があります。同じマクロ経済のなかで使用する学説が違うどうこう以前の問題です。


拉致問題についても引っかかったことがあります。

アメリカ大統領選で優勢なオバマさんは親日派というよりはむしろ中国とかあっちの半島を重視していく方針を掲げる人で、拉致被害者がこの先今よりいい扱いを受けるとは思えません。それやのにオバマ候補と同名のどっかの過疎地は、自分とこの海岸から日本人がつれてかれてるにもかかわらず、すわ好機とばかりに町おこしのため候補にあやかる始末。思慮の足らない行動に疑問を覚えます。

何ヶ月か前に一回目の北朝鮮のテロ指定国家解除が通達されようとしたとき、すでに日本は愛想つかされてたのに。アメリカがめんどくさいながらもしぶしぶ日北間に提示した妥協案を日本が突っぱねてアメリカの機嫌を損ね、しびれ切らして解除されたら泣きつくという惨めな外交。彼らは日銀の総裁が不在ってことすら先進国のなかでニュースにならなかったことを知ってるんでしょうか。もう今、半分孤立してる状況ですよ。時代は中国です。

青春をかけて勉強してきた人ですらこうなんですから、もはや国民のベクトル云々は夢の話でしょう。



まあ難しい話はどうなってんのか僕自身もよくわからないしいいんですが、「WBCの監督がセリーグ優勝監督とかで原さんになったけど、あんだけ金かけたら当然や」ってしたり顔で話すうちの母親みたいな阪神ファンはホンマに鬱陶しいです。阪神もやってること一緒ですけど。プロってそうゆうもんなんやろうと思うので別にいいんですが、「無知」より「棚上げ」のほうがよっぽど恥ずかしいですね。

(注;一部想像)

2008年10月23日木曜日

Yes,I can

消灯が23時って言われてもニートを除けば不摂生大王の僕が寝れるはずもなく、電気が消えてからはひたすらカーテンの隙間から見える空を眺めながら音楽を聴いてます。

僕は声量が足りなさ過ぎてHIP HOP路線に転向したアムロちゃんの楽曲が意外に好きで、成功したなあと思ってるんですが、昨日歌詞を注意しながら聴いてたらあれっと思ったことがありました。


「'cause I'm queen of HIP HOP! 'cause I'm queen of HIP HOP!!」

違和感感じた人ー。

そうですね。彼女はついこないだまでJ ーPOP界のクイーンでした。
「Can you celebrate?」

こうゆうことが平気で言えてしまう、とゆうか言う必要があるところが、ヒップホップの好きな人の好きな理由で、嫌いな人の嫌いな理由のひとつじゃないでしょうか。

こんなんよくZEEBRAが許してるなあって思ったらしっかりコラボしてますね。かわいければなんでもいいんですかね。彼も。

僕の崇拝しているソウルドアウトのメインMCが、中川しょこたんと交際してるんじゃないかとゆう噂がファンの間であるそうです。だいぶ前に噂されたBOAと並べてみると、クールな彼の趣味がわかってしまうようでとても嫌です。もし本当ならの話ですが。でも、かっこよすぎて許す。


毎朝僕に注射針刺して、「あっ…」って小さく叫ぶ彼女も、髪型がいいから許す。

2008年10月22日水曜日

LOVE Z

入院中です。
たいしたことないので心配せんでください。
かわいい看護士さんもいらっしゃるので、もうちょっとやっていけそうです。

入院自体は小学校2年生以来ですが、相変わらずほんまにすることがありません。
持ってきた本も、すべて読み終わりました。あと僕がすべきことといえば、2月にある漢検(準1級)の勉強ぐらいです。誰か一緒に受けませんか。

あと、TOEIC受けませんか。


なんにせよ退院したらちょっと時間がありますので、飯食いに行きましょう。


あ、関係ないけど100円→10000000円になったこないだの秋華賞ですが、当たったのは「今回は大荒れ」ってゆう予想だけでした。今ここにある優駿の門ってゆう漫画がおもしろいから読んでみっていわれて読んだんですが、ほんまにおもんなかったです。逃げ馬が強すぎるってゆうのとか30馬身出遅れといて最後ごぼう抜きするとか、馬を馬鹿にしくさってるように思えてなりませんでした。あと、さすがの競馬もあんなにドラマは抱えられません。

あと、久しぶりにダイの大冒険を読みました。クロコダインかっこよすぎる…

2008年10月13日月曜日

ブラッディーマンデー

明日、僕の血液型が判明します。大阪で受ける健康診断で、血液検査があるためです。

生まれたとき、血液型がわからない幼児は少ないけどおるようですが、僕の場合たぶんそうではないというか、普通に両親に聞くタイミングを逃したというか、あえて聞く必要がない時期を逃すともうなんか聞けなくなってました。


まあでも知らないのは知らないなりに、いいことがありました。
飲み会とかで、ミステリアスな感じも出せました。
好きな女の子に応じて血液型を変えれました。

今まですいませんでした。


人を見ると血液型がわかってしまうという人がいます。
逆に、性格に血液型は全く関係ないという人もいます。

それぞれにそれぞれの考え方があるようですが、僕には全く関係ないという人は想像力がない、という持論があります。よくそれで揉めるんですが、たとえば全く関係ないという立場を支えている理論が、「血液型で判断というのは日本独自の考え方」というのがあるそうです。

でもこんな理論は「欧米人に肩凝りはいない」というのと一緒です。つまり、概念がない。欧米人だろうが筋肉の張りはあるんでしょうがそれを表す言葉がない。つまり、肩凝りという概念がないのです。

第一、輸血の時はどうするんや。


外国人が日本に旅行に来たとたん、彼らはA型の肩凝りになる。言葉というのはそんなもんでしょう。つまり、欧米にない考え方が間違っているというのはナンセンスな話なんです。


もうひとつ、性格を決定するのは血液型などではなく環境、という考え方があります。
これを否定するつもりはありませんが、環境というのは常に僕らに選択を迫るもので、岐路に立ったときどんな選択をするかというところに、僕は血液型が出ると思っています。



まあだから何ってゆうわけじゃないんですが、血ぃ抜かれるのが怖くて寝れないので最近「取扱説明書」とかで人気の血液型について考えてみました。

統計的に血液型を気にする人っていうのはもてるために気にするような気がしてるんですが、これは勘なのではっきりとはいえません。けど、残念ながら少なくとも僕の周りではO型の評価が高いってゆう事実もあります。

O型でありますように…

ちなみにBかABであった場合、黙って山に籠らせてください。

おやすみなさい。

2008年10月8日水曜日

求夢旅行

競馬を知らない人でも、ディープインパクトという馬については聞いたことがあるかもしれません。
昨日、そのディープインパクトもかつて出走した(禁止薬物発見で失格。)フランスで行われる凱旋門賞という世界最高峰のレースに1頭の日本馬が出走しました。馬の名前はメイショウサムソン。

サムソンは現在G1を4勝し、現役の中でもっとも強いと目されている実力馬で、僕が以前「そろそろ消える馬」にリストアップした馬なんですが、これがなんと16頭立て10着となかなかの「健闘」を見せました。

http://www.youtube.com/watch?v=JvWf9-Nx91U&feature=related

どこが健闘やねんって言われるかもしれませんが、なんせ世界最高のレース。ディープインパクトのほかに、数々の日本馬が世界最高峰に挑戦し、そして返り討ちにされてきました。


第48回1969年10月5日 スピードシンボリ 着外(11着以下)
第51回1972年10月8日 メジロムサシ 18着
第65回1986年10月8日 シリウスシンボリ 14着
第78回1999年10月3日 エルコンドルパサー 2着
第81回2002年10月6日 マンハッタンカフェ 13着
第83回2004年10月3日 タップダンスシチー 17着
第85回2006年10月1日 ディープインパクト 失格(3位入線)
第87回2008年10月5日 メイショウサムソン 10着             (wikipediaより引用)

これらの馬は、当時もちろん日本で最強ぐらいじゃないと向こうで勝手に除外されてしまうので一応精鋭なんですが、ご覧の通り惨敗を繰り返しています。

で、ディープインパクトってゆうのはホンマに競馬ファンにとってはほとんど最後の賭け、というか望みやったわけです。この馬が出てきたとき、日本はその強さに震撼し、いずれは凱旋門だろうがキングジョージだろうが、世界の頂点に立ってくれると疑わなかったわけですが…まあ簡単な話、フランスに遠征して体調を整えている段階で風邪ひいてもうたわけです。それで3着はすごいことなんですが。


で、競馬ファンの中では「いつか凱旋門賞を勝ってくれる日本馬は現れるのか?」という当然かつ永遠の疑問があります。NOというファンも多い中、僕の答えはYESです。

上の引用してきた表の中で、ディープインパクト以外に1頭頑張った馬がいることに気づいたかもしれませんが、この1999年のエルコンドルパサー(日本語訳は「コンドルは飛んでいく」)という馬は、当時まだまだ珍しかった海外遠征を行った(事実エルコンドルの生涯11戦の中の最後の4戦は海外でのもの)馬なんですが、この馬は当時世界最強のモンジューの2着に粘りました。それも、さいごの50mまでは先頭走ってたんです。

要は体調管理と芝質の違いというのが大いに関係あると思うんですね。逆に、「もし凱旋門賞が日本で開催されているレースなら、日本馬の勝率は大きく上がる」という仮説が成り立ちます。
それは「世界最強」を自ら名乗ってはばからない馬がジャパンカップやら他のG1に参戦してきて惨敗、もしくは勝ったとしても僅差であるなど、過去から現在サンプルには事欠かないことからもわかります。

凱旋門を勝った馬の中でも、フランスのアーバンシーはジャパンカップで8着、エルコンドルに勝ったモンジューも同4着、去年の凱旋門賞馬ディラントーマスは体調管理の難しさを危惧して回避、等、勝負の分かれ目が馬の繊細さに起因したところが多分にあるわけです。

もうひとつ、実は凱旋門賞は3歳馬が有利、というのは背負う斤量が違うためで、実際過去10年でも7度、全体で87回中54回3歳馬が制しています。つまり、3歳という早い時期に海外でいつか凱旋門賞をとるためにやっていくと決めた馬が現れれば、可能です。しかし3歳というのは日本でもクラシック世代という一番大事な時期(ダービーとかがある。ダービーを勝つのはすべてのホースマンの夢という)なので、覚悟は尋常じゃないものがありますが。



何にせよ、いろいろ賭して世界最強に挑む姿はいつの時代も感動を誘います。僕は個人的にイチローが好きじゃないにも関わらず、彼の見せてくれるパフォーマンスには感動するのと同じように、今まで何度も馬券上裏切られたサムソンが世界に挑戦するのは応援しました。サムソンの場合は去年、インフルエンザで遠征を断念したという経緯もあるのでなおさらです。



でも、その前にひとつ言いたいことが…

なぜサムソンやったのか…
(同時に登録してた)アドマイヤジュピタの方が…

という念は禁じ得ませんでしたが実績が足りないので仕方ないですね。

サムソンは今年いっぱいで引退するそうなので来年以降はまた違う日本最強馬が挑戦することになります。どんな馬が登録してもぜひ応援したいです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%BC

こんな名前の馬が出走してくれたら最高です。

2008年10月4日土曜日

respect the prospect

男という生き物は女性に比べて歴史ものが好きだという話があります。
なんとなくそんな気もします。
たぶん、ヒーロー願望が強いからではないでしょうか。

ただ、歴史上の人物について中途半端な見解しか持ち合わせていないと恥をかくことになりますので「尊敬する人物は誰ですか?」と聞かれてもよー答えません。


僕はとある大手商社の面接でその質問をされてよく考えたなりに「倖田來未」と答えて落とされた人ですが、隣の女の人は「だからあなたも生き抜いて」の著者だと模範解答を答えてました。合否はわかりませんが、あの著者があっち系の人と聞いてもやっぱり尊敬できるんでしょうか。そもそも「尊敬している」ってどっからどこまで、というかどうゆう意味ですか。適当に解釈していいということでしょうか…


たとえば冒険家コロンブスは植民地時代に派遣されたただの虐殺者だったりリンカーンは議会で一言も奴隷解放なんぞ訴えてなかったりといった事実、または坂本竜馬が薩長同盟を結ばせたから江戸時代の日本のよさが失われたという仮説に、尊敬するという精神はどう立ち向かうのでしょうか。

メディアなんかがこれから1年ぐらいのあいだ100%坂本竜馬を批判する論調をとり続けることで彼の「支持率」は大幅に下がるであろうことが容易にわかるように、尊敬の観念は決して絶対的なものではないみたいです。ころころ変わる人もいる。「ああ、なんか本読んだんやろな」ってゆう感じでわかる人もいる。そんな難しい話じゃないんですね。大げさに考えすぎてたみたいです。


日本人は「死者を責めない」という特質を持っていますので、歴史上の人物というのは極めて美化されがちです。死んでしまうと、悪かったとこってゆうのは大概チャラになる。僕が「尊敬」という言葉に抱いてた違和感はこれやったみたいです。

「respect」という単語を安直に和訳すると尊敬するになりますが、respectはもうちょっと2人の視線の高さが近いというか、「認める」という含意がある気がして僕の想像している尊敬とは微妙に違う気もします。


意味のよくわからない単語は使ってて気持ち悪いというのが本音ですが、そんな言葉もろくに使えんようやと堅物扱いされるし、難しいもんですね。

2008年9月29日月曜日

ゼンゼンワカンネ

日教組に関する暴言問題で国交相が辞任した件で、どうも腑に落ちないことがあるのですが、つまり僕は元国交相が辞任しなければいけないほどむちゃくちゃなことをゆうたとはとても思えないのです。

「大臣の地位につくものの発言として不適当」ってゆうのはどうゆう根拠なんでしょうか。
じゃあ誰が言うんですか。

日教組の事に関して言えば少なくとも全く的の外れたことを言ったわけではなく、むしろ核心でしょう。

本当に国民のためになることなら、本当のことを言うべきではなかったか。


選任した首相の責任ってゆうのもどうですかね。

僕はある意味極端に潔癖症なのかもしれませんが、耳障りがよく当たり障りのない人間ほど、裏の顔を心配してしまうものです。言い回しが回りくどくてイライラするし。ある程度主義主張が隠せないぐらいのほうが安心してしまったりするものなんですけど。

辞任した中山氏の地元宮崎での街頭インタビューで、地元住民が「宮崎の恥です」みたいなことをゆうてましたが、選んだのはあなたたちなんです。暴論の謗りを恐れずに言えば、裏の顔をよく知らず見た感じだけでなんとなく当選させてしまった宮崎県民の責任のほうを追求するのが筋なんじゃないですか。

でもそれが酷なのはなんとなくわかります。そこまでわかるかいってゆうのが正直なところやからです。調べようもない。やから僕らに「国交相最低」とかゆうことはできません。

うちの母親なんかもテレビ見て文句だけゆうてる質ですが、こうゆう人間が知ったかぶって選挙行って当選させた人間が今の日本を作ってるわけで、正直そうゆう姿を見てると情けなくなるわけですが、あの人たちは選挙なんか行って、民意が反映されると本気で思ってるんでしょうか。確信が持てるんですか。

僕はなんか怖くて、まだ選挙に一回も行ったことがありません。
ってゆうか、投票率何%とかって毎回ゆうてますが、あれは地元後援者の数を引くといったい何%になるんでしょうね。
ちょっと想像できませんが。

とりあえず総選挙がまたあると思いますが、僕は投票にいかないのでどっちが勝とうが喜びもがっかりもしないことにします。ただ迷惑かけるのだけはやめてください。


別に冷めてるわけではありません。

投票に行く手間+よくわからない人に何かを期待する危うさ+頭のいい人が寄ってたかって残した功績へのがっかり感



自分が投票に行くことで何かが変わるor日本を正しく導けるという自負

ということを冷静かつ客観的に判断した結果なんです。

2008年9月9日火曜日

コンパニオンシップ

友人のお祖父さんが危篤の状態で、かける言葉に困っています。

相手になんか辛いことがあったときに、相手によって僕は概して2つの立場をとってきました。

1つめは、相手としんどいことを共有し、その話題をとことん真剣に突き詰めて、一緒に落ちるとこまで落ちる。

2つめは、まったく関係ないしょうもない話をして気を紛らわす、という立場です。

しかしながら今回の場合はどっちも全く通用しません。
このような場合に裏技があります。

「しばらくそっとしといてあげる」。

しかし相手が大事な人であればあるほど、その選択は勇気を伴うものです。
大人になるべきですかね。
そっとしとくことを裏技とゆうてるあたり自分はひょっとして傲慢なのかもしれません。
自分がどうにかすれば、どうにかなるとゆう傲慢。

昔ならもうちょっとなんかかける言葉を思いついたはずですが、こんな機会に出くわすのはあまりないのでいつの間にかすごい不器用になってしまいました。器用になっても困るんですけど。


僕は自分がしんどいときには2番目の立場をとってもらったほうが楽です。
目を背けたいというよりは、相手に背負ってもらうのが申し訳ないからかもしれません。
他人に接する時と比べて、大きな矛盾があります。
自分が背負える悩みを、相手には重たいんじゃないかとゆう矛盾。

こうゆう時みんなどうしてるんですかね。
マニュアルなんてないと思いますが。


昔々、イギリスでの裁判やったと思いますが、検事が原告に対して、
「(被告は)犯行当時、あなた(原告)に対してどういう心情を持っていたと思いますか」という質問をしたとき、裁判長から、
「人の気持ちは神様にもわからない。そんな無意味な発言は取り消しなさい」と怒られるという話がありまして、すごく感心した記憶があるんですけど、それが心で理解できるまでにもうちょっと時間がかかりそうです。

大人になるっちゅうのは大変やなぁ。

2008年9月7日日曜日

大麻もOK

大麻を使った疑惑のロシア人力士が、専門機関によって「クロ」という判断を下されたそうです。

力士に対する処分の不可解さとか、理事長が地位に固執しすぎてる姿がクローズアップされてるようですが、それは一貫して相撲界の特異性に基づくものだとされています。

「国技」の立場を保ち続けた結果かもしれませんが、もう誰が見たって相撲が国技やからという理屈は不自然であるのは明快です。横綱を含む幕内力士のうち1/3が外国人力士である今の状態で、日本の国技ならではの方針云々というのは都合がよすぎる気もしますが。

論理を飛躍させると、「処分しないのなら外国人力士を認めるな」ということになりますか。


都合がいいというのは、外国人力士が増えた背景には、強い力士を育てた親方への報奨金制度があるといわれているからです。日本人に比べて体格もよく、必然的に力で勝ると思われる外国人力士を引っ張ってきたがるのは当然の話かもしれません。

でも強いからいいというわけでもないのが日本の国技でもあります。
たとえば柔道は、「柔よく剛を制す」、つまり力で勝てない者がどうやって相手を倒すかを目的としてます(よって階級制度は矛盾をはらんでいるが、協議として成立させるには仕方ないか)。

いまさら相撲のルーツを語るほど馬鹿馬鹿しいものはないかもしれませんが、
要は神道でしょうよ。

かつて若貴時代に、曙という悪役外人横綱がいましたが、彼は今プロレス界で謎の覆面レスラーとして活躍しています。それもどうなんでしょう。

合理化社会では、多くの人に認識を共有してもらえず、不自然だと思われることは淘汰されます。
相撲に矛盾を感じている人が多い中、国技としての相撲は土俵際に追い込まれています。
人気回復のために朝青龍を持ち出すという矛盾。

それにしても、特にヨーロッパ圏の力士のとる相撲は汚い。
素人目にも、見るに耐えない。





2008年9月5日金曜日

K(空気なんて)Y(よまねえで)

自爆した福田首相の後釜をめぐって自民党の総裁候補が乱立しています。

それにしても外務副大臣の山本一太氏が立候補ってマジですか。
そろそろ自民党自体が自爆するつもりですか。

僕は嫌です。
理由は、「キモいから」。以上です。


こうゆうことができる人が、僕らと適切な距離感を保ってくれ続けるとはとても思えません。
距離感がわからない人は心配になります。

しかし政策論争をするとかいって候補を立ててみたはいいものの同じ党から何個も何個も違う政策がでてきて…ってゆうのはちょっと考えにくく、僕ら一般市民からみればどう違うんですか?ってなりかねないような気もします。そのへんもやっぱ距離感なんかなぁ。


今日医者を志す友人と同級生の話になりましたが、頭がよすぎるばかりに現実世界との距離を保てなくなる人も何人かいるようです。
頭がよすぎるばかりにかどうかはわかりませんが。
お医者さんも大変だそうです。

おそらく距離感の喪失により起きている(と勝手に考えている)事案

1;政治
2;いじめ問題
3;モンスターペアレント

そうゆう意味でより国民に親しみやすい候補として擁立したんでしょうかね。

それでもだいぶ馬鹿にされた感がありますけどね。


明日は顎の手術をした友人を見舞いに行きます。

ガム持ってってやろうと思います。

KYやろ。


撤回2

すでにご存知の方もおられるかと思いますが、DO AS INFINITYが再結成します。

「音楽性の違い」を理由にした割には不可解な再結成です。
もうなんでもありって感じになってきました。


考えられる理由は、


1;伴ちゃんに仕事がない
2;「羊水腐る」発言と「耳が聴こえない」ドラマ不発により、avexの稼ぎ頭共倒れ
3;マジで盛り上がっちゃった


でしょうが、いずれの理由をとっても「音楽性の違い」を覆しうる確たるモチベーションにはなりえません。
作品のクオリティーが気になるところです。
ひとつ間違えば、こないだの伴ちゃんのカバーアルバムのように酷い駄作になりかねません。
(さくら独唱とかひどかったね。)


僕は初期の伴ちゃんが好きやったので、やるからにはぜひ頑張ってもらいたいものです。
SUMMER DAYSは名曲です。


復活してもらいたいバンド
1位;イエモン
2位;Heartsdales
3位;Ellegarden


どれも無理っぽいですね…
やっぱavexはすげーな。

2008年9月2日火曜日

エンドロール


福田首相が辞めてしまいましたね。

原因はいろいろあるみたいですがねじれ国会の中で思うように審議が進まずリーダーシップを発揮できなかったことが一因とも言われています。

民主党なんかはねじれ国会が本当の民主主義の形なんていいますが本当にそうでしょうか。

法案がいったん衆議院で可決されると参議院に送られます。今の国会では衆議院が自民党、参議院は民主党なので参議院では否決される可能性が高くなります。

そうすると法案は衆議院で再審議となり、再可決されます。国会では「衆議院の優越」があるので大体最後は可決されます。重要な法案の審議では野党が欠席とか議長を拉致るとか冗談みたいなことが平気で行われます。


反論を承知ではっきり言いますが、大体の若者はこうした政治をなんかの番組のひとつとしてしか見てません。どんな役者がいて、どんな役回りで、最後はどうなる。もう一種のドラマですよ。そこでは中卒で政治家になれる人がいたり、単に我儘な女性が首相候補に挙がったり、政治家の息子は政治家、主義主張の違わない者同士が政権を争い足引っ張り続けてるだけです。少なくともそうとしか思えません。

だいたい、民主党の長は、元自民党のブレーンじゃないですか。


そら投票率も下がります。
僕の周りに選挙行ったってゆうてる人はほとんどいないし、いたとしても橋下さんに入れてます。
有名やからです。


あるフリーターさんに「なぜ若者は政治に興味がないと思うか」と尋ねたところ、「学校で教えないからだ」と返ってきました。なるほどー。

僕は教えてないのは意識的やと思います。一種の刷り込みが行われていると思います。知らず知らず多数派に流れていく教育になってる。学生闘争なんて起こるはずがありません。政治について思うところがないから、なんとなく目立つ候補に投票する。もしくは行かない。なぜ目立つのかといえば、もちろん露出が多いからであって、メディアの露出に関しては歴史的に見て政治の干渉がないとは思えません。


こうやってなんとなく誘導されていくシステムになってるわけですが、ネットの発達で情報の非対称性が薄れた社会では、みんなそんな馬鹿じゃありません。「誰選んでも一緒」の境地に至り、もう投票なんて行かないし、それが民主主義なんて思ってないでしょう。どうでもいいんですよ。ドラマなんで。

先が読めるドラマは、視聴率下がります。


もういっそのことトップはホンマただ腰だけ低い影のうっすい人にして、大臣が一番偉いってゆう組織にすればええのになぁ。一人で全部背負うとか無理やん。そら「おなか痛いんで辞めます」ってなるって。
ヒガシコクバルとかどうでしょうか。あの人に「日本ってホンマええんすよ、ホンマええんすよ」ってゆうといてもろたら。

どうすかね。




2008年9月1日月曜日

出家

もう9月っすね。

突然ですが、頭剃りました。

切ったんじゃなくて、剃りました。

夜中の11時に思いついて、剃りました。

北島みたいになりました。

別に好きじゃないです。



行楽シーズンですね。

皆さんはどこへ出かけるのでしょうか。

いいとこあったら教えてください。

もうネタ切れです。

ネタ切れ過ぎて坊主になりました。

観光名所とかデートスポット巡ってくれるカーナビがあったら

流行ると思う。

こないだ阪急松尾から嵐山まで歩いたら

勢いよく雨が降ってきました。

たまの休みぐらい。

2008年8月30日土曜日

只有常山趙子龍

民主党の姫井なんとかってゆう議員が新党発足のため離党してまた帰ってきたってゆうニュースがありました。

その言い訳として

「自民党は選挙のために引っこ抜こうとしただけで、私のやりたいこととは違う」

と言ってました。

何言ってるのかわかりませんね。

元自民党片山さんの対抗馬として民主党が擁立→「姫の虎退治」成功→「ぶってぶって騒動」勃発→党員の意向を無視して男性関係に関する著書を発行→今回の離党→「自民党と意見が違う」として帰党。

私のやりたいことと違ったのはいつからだったんでしょうか。

「離間」「寝返」みたいなことしてますが、時代が時代なら、首はねられてますよ。


そういえば彼女のことを考えたときにもう一人の議員の顔が浮かびました。

さくらパパです。

彼はいったいどこにいったんやろうと思ってたら、ニコニコ動画で発見しました。税金で渡辺大臣がパパに経済学の講義してました。ひどいのでちょっと長いですが興味がある方は見てください。こんなやつ小学校にいました。



2008年8月23日土曜日

インストール

カメラマンをやってはる先輩から大阪での送別会の写真が送られてきました。

左は

「餞別に川村ゆきえのDVDをもらってとても嬉しいの図」です。

さすがプロが撮ると、バカさ加減が際立って見えます。


過去は背負って生きなければなりません。



ところで北京オリンピックがそろそろ終わりに近づいてます。

僕はお盆休み中ずっと〇橋の家に泊まりこんでいたので(3泊4日)その間はフルに見ることができました。

感動したシーンが何個かありました。

内柴選手の決勝と、塚田選手の決勝です。

結果は正反対やったんですが、内柴選手が優勝したときの「お父さんは嘘つきじゃありません」ってゆう実況と、最後まで攻めた結果負けてしまった塚田選手と、両方に感動しました。

やっぱ実況って大事ですね。同じ結果でも感じ方がぜんぜん違います。

例えるなら同じ引退レースの有馬記念でも、オグリキャップとトウカイテイオーはぜんぜん違う。

「オグリ来た」ってゆう下品な連呼と、「トウカイテイオーが来た」ってゆう素直な驚き。僕は後者のほうが好きです。オグリキャップの引退レースは、あの実況のせいで白々しものになってしまった。そしてもう取りかえしがつかない。

そう考えるとフジの三宅さんなんかは僕は好きなアナウンサーです。「間違いなく飛んだ!間違いなく飛んだ!」は名実況です。


北京オリンピックは盛り上がらないやろうなんて下馬評が飛んでましたが、中国の演出の良し悪しはともかくいつも以上に僕にとっては感動するシーンが多かったように思います。

それはたぶん選手が背負ってるバックグラウンドとか今までよりも気にするようになったからやと思います。

「歴史」と「実況」。盛り上げるのはこれですね。前回の「栄光への架け橋」とかな。
後世まで語られるでしょう。少なくとも僕には。




話がそれますが、前出カメラマンのモデルをハーバーランドでしたことがあるんですが、忘れかけていた記憶をほじくるように一緒に添付されて送られてきました。

過去は背負わなければなりません。強く生きよう。

2008年8月8日金曜日

ドゥノット・ディスターヴ

おとといJRAが上半期のサラブレッドランキングを発表しました。

強さによって背負う斤量が違うレースの、その重さを決めるためのもので、一概にその馬の強さを表しているわけではないのでどうということはないのですが、それでもマツリダゴッホの1位はいただけません。牝馬のレーティングは表示からプラス4だそうなのでウオッカのほうが強いことにはなりますが。


僕はこうゆうふざけた名前の馬が嫌いやからかもしれませんが、去年の有馬記念で勝ったこの馬にものすごい不快感を覚えたことを覚えています。

あのレースはダイワメジャーの引退レースでした。マイル戦~2000mで圧倒的な強さを発揮し、今回3位にランクインしたスーパーホーネットをマイルチャンピオンシップであっさり捻り潰したレースは痺れました。メジャーは喉鳴りの持病(喘息みたいなもの)と闘いながらG1を4勝し、引退レースで妹のスカーレットに先着を許して、侍のような散り際を演出するはずやったんですが…


せっかくなんで「これから消えていく馬」と「ブレイク必至の馬」を何頭かあげたいと思います。

これから消えていく馬…(上から)スーパーホーネット、メイショウサムソン、アドマイヤオーラ、スズカフェニックス、ポップロック。

出てくる馬…(上から)エイジアンウインズ、ニシノマナムスメ。

ヴィクトリアマイル勝った馬にこれからくるとか失礼かもしれませんが、マナムスメの方は新馬戦から注目してた馬で、クラシック出ててもおかしくなかったんですが、条件戦で不運が重なりこれからです。母親のニシノフラワーと同じく強烈な差し脚が魅力で、カンパニーにハナ差詰まった中山記念は圧巻でした。

マツリダゴッホは中山のみ、ウオッカは腰が甘いので坂を走れない、ホーネットはピークを過ぎた、サムソンは不調が長い、4歳のアサクサキングス、アルナスライン、ホクトスルタンは迫力不足。主力ほとんどに注文がつく中、秋のG1戦線で中心になるのはおそらくアドマイヤジュピタとエイシンデュピティでしょう。故障から復帰の前述ダイワスカーレットも中心です。毎年秋には調子が戻るサムソンも怖いことは怖いんですが、ジュピタとともに凱旋門への挑戦を表明しているためどうなるかは流動的です。特に牡馬は歴史的に見てもかなりレベルが低いと思うのでスカーレットがあっさり2つぐらい持って行くかもしれません。逃げて直線33秒台の馬なんて今までいましたかねぇ。

2008年8月7日木曜日

永世中立個人


毎月恒例のフットサルの大会でボッコボコにされました…
ついでに僕の足もボッコボコです。

膝に擦り傷を負ったんやけどたいしたことないわってほったらかしてたらなんか黄色い汁がいっぱい出てきたりとかそれがズボンに貼りつくたびに激痛が走るとかで結構おおごとになってきました。この黄色いのがニコチンであることを祈ります。

患部が患部だけに曲げ伸ばしすると痛いので極力左足に頼る生活を強いられています。家に帰るたびに飛び掛ってくる犬とかシャワーの水にも神経を研ぎ澄まし、ギリギリのところでかわさなければなりません。


ところで僕が高校で日本史を学んだ時代から、歴史における常識がかわりつつあることを今日知りました。ショックやったので何個かあげると、

○邪馬台国は存在しない(かもしれない)
○聖徳太子は実在しない(かもしれない)
○鉄砲伝来は1543年→1542年の可能性があり、しかもその鉄砲は東アジア製

等等。

戦争に関する表記問題で日本と東南アジアの国の間で揉め事がおこる季節になりました。
一体いつの時代までこの話を引っ張るのかとうんざりする自分もいれば、逆の立場で絶対解決してくれよと思う自分もいます。
少なくとも戦争体験者ではない自分には、正直ピンときにくい問題であることも確かで、それはこの世代で僕だけではないでしょう。

一国の元首は、一個人としてなら靖国神社に参拝できるという理屈と、参拝するなら将来の建設的な話し合いを拒否するというのと、どっちがおかしいでしょうか。

90年代、ドイツのダイスラーが、経済的合理性を無視してアメリカのクライスラーを買収したのは、戦争には負けたからという説があります。もし歴史が繰り返されるなら、日本はひどいことになりますね。


2008年7月29日火曜日

サンダガのせいで虫の息

前線の活動が活発化し、このあたり一帯は激しい雷雨に見舞われました。

音が聞こえる範囲内で、ひくぐらい落雷があり、この家は4回停電したり直ったりを繰り返しました。
外出たら死ぬんちゃうんかってゆう天気なんて滅多にないですよねぇ。

で、停電のおかげでパソコンで作りかけてたものとか何回もぶっ飛びました。
人間の無力を思い知らされます。


ネット社会の膨大なデータを保管しているデータセンターを、ヤフーとかグーグルがアイスランドに設置することにしているそうです。これはデータセンターのサーバーがデータを背負って発熱するので、冷却しないといけないからだそうですが、日本ではなぜか都心の真ん中、特に本社の近くに置きたがる傾向にあるようです。特に理由はありません。もしあるとすれば、コントロール錯覚(「他人を見下す若者たち」より)です。

コントロール錯覚とは、人間が自分のコントロールできる範囲の事象については質量ともに過大評価する傾向にあると同時に、できないことに対して見て見ぬふりをすることだそうですが、たとえば麻雀における「場の空気支配」もそうだといえます。

ものすごく科学的に考えれば、上がれる回数は1/4なんですが、なぜ「流れ」というものがあたかも存在するかのような言われ方をするのか。そしてまたそれを掴んだと思しき人が勝つのか、ひょっとして「気分」のことですかとかなんとか考えてたら、すごい博打うちに出会ったことを思い出しました。


半年ほど前、とあるコンビニで働いていた僕は、店内でドラゴンボールのくじ引きが始まったことにうんざりしていました。そこに小学校高学年ぐらいの姉妹が母親とやってきて、やりたいと言い出しました。

システムについて簡単に説明すれば、まず店内においてある「やりたいという意思表示を示す紙」をレジに持ってきて、またそこで箱の中からくじをひき、1~6等までの景品と引き換えになるんですが、妹のほうがまず「示す紙」を一枚無造作に持ってきて、6等をひいて帰りました。はよせぇと思ってまだ「示す紙」のとこにいる姉のほうを見ると、なぜか母親と喧嘩してました。

母「その紙を頑張って選んだって一緒やろ」

姉「いや、こっからが大事なんや」

僕はレジでこれが小学生の発言かと感動していましたが、姉はめでたく5パーセントぐらいの確率で1等を持って帰りました。

彼女は平成の坊や哲だったんでしょうね。神のツモでした。


確かに「科学では説明できないこと」がこの世に存在するという考え方は魅力的ですが、とても堅実とはいえません。現に節々でその思想に染まった僕も苦労してます。

けど、この世で幸福定量説が成り立つとして、幸福の波を感じれるような感覚はいるなぁ。
競馬もそうですよね。堅いレースには堅く、荒れるレースには思い切って張る。麻雀やったら勝負手のときに思い切る。そしたら負けるはずがない。

わかってます。わかってるんですよ

2008年7月24日木曜日

人気のIKEAを因数分解


一人暮らしを予定している人と一緒に噂のIKEAに行ってきました。

ここの価格設定には以前から称賛が聞こえていたのですが、僕はそれ以外にここの設計にも感動してしまいました。


何個かあるのであげてみると、




まず第1においてる商品の範囲です。

僕はIKEAは家具屋という先入観をもって行ってしまったもので、ホームセンターのような品揃えには感動しました。これはポートアイランドのようなちょっと離れたところで買い物しようと思えばおのずと必要となることなんですが、やってるところは案外少ない。

第2に子供の扱いです。

こうゆうところは家族連れが必然的に多くなり、子供は大人に比べて飽きが早いので扱いに困ると思うのですが、専用の遊具が設置されているだけではなくソフトクリームが50円で売ってるとゆう気の遣い振り。買ってあげる親としても納得の値段でしょう。

第3はスペースの使い方です。

おそらく地価とか関係あるんでしょうが、ここはフロアが1~2階、それより上が駐車場になってるため、必要な土地はフロアの分だけです。これは買い物した人が重い荷物をエレベーター使って持って帰れるとゆう利点もありそうです。土地の高いとこではこうゆう気遣いができるのに、安いとこではできない。いずれ淘汰されるでしょうが。外観見た瞬間「5階建てかよ~」とうんざりした僕にはうれしいことでもありました(笑)

第4は、価格へのこだわりを客に伝える努力をしてることです。

日本では何でもサービス化して値段を吊り上げようとする傾向が後を絶ちませんが、ここではそれをできるだけ省いている(配送サービスすらない)ことによって価格を落とす努力をしてるだけではなく、バス使うと見えるところになぜ他と違うのかとゆう説明がなされていました。欲張りな客に説明もめんどくさいであろうので、賢い試みであるといえます。


以上のように人気のIKEAについてちょっと考えてみましたが、安いとゆうくくりだけで考えるにはもったいない気がします。斬新なことがいっぱいあるので。他は高いと文句たれるだけではなく、なぜ高いのかを考えれば、僕ら消費者が知らず知らずの間に欲張りになり、あんなサービスもこんなサービスもと続けてるうちにサービス料を取られたりしてるわけですよ(心当たりのないサービス料をとられることもある)。現にIKEAはこれで成り立ってる。しばらくは「配送サービスしろ」とか空気読まないクレームがあるでしょうが、ぜひこれからもパイオニアの立場を守ってもらいたいものです。


反対に無駄なものも見かけたので言及しておきます。

IKEAじゃなくて来てた客の話ですが、「Tシャツに薄手のベスト」ってゆうあの格好何。ベスト必要ねぇだろう。このクソ暑いのに黒のベスト。僕はあの格好の意味がわかりません。別にオシャレでもなんでもないし使い方間違ってるし最悪ですよ。結構はやってるみたいで前から言いたかったんですがいい機会を得たので言わせてもらいました。Tシャツにジーパンの方がよっぽどかっこいいと思いませんか。

ある女性に意見を求めたところ、「女の子の場合は胸を大きく見せれるから必要なんや」って言われました。

ごもっとも。

2008年7月23日水曜日

LOVE,HATE,or GIVE THE FU〇K

無事に誕生日を終えました。
特になんも変わりませんが、去年を一言で表せば「喪失の1年」でした。

イタリア村閉館

アストンマーチャン死亡

サンアディユ死亡

ローゼンクロイツ死亡

エルレガーデン無期限活動停止…


僕がエルレガーデンの活動停止を知ったのはごく最近のことでしたが、それ以来「追悼エルレガーデン」なる曲目を自分で作って垂れ流しています。

最近ではサザンオールスターズも解散ということで時代の流れを感じずにはいられないんですが、今日ネットサーフィンしてたらザイエローモンキーについての興味深い記述がありました。

おそらく個人のブログ、ということになるんでしょうが、歌手名鑑と銘打って日本の歌手の紹介がされていました。


それによると

「結局『楽園』だけが売れた一発屋」だそうです。

おっとこれは納得いかねえ。

自分の記憶と違うところがあるので調べてみました。

「楽園」はシングルの売り上げで5位。1位は「BURN」。以下、「JAM」、「SPARK」、「LOVE LOVE SHOW」と続く。まずこれが一点。

そしてこの記録が示すとおり、一発屋ではない。CDのトータルでの売り上げは、歴代第29位(1位はORANGE RANGE)。DO AS INFINITYを抑えてます。


最後に、なんでこんなうその情報を発信できるのか管理者の好みをリサーチしました。

方法:事細かにレヴューを書いてるアーティストを洗い出す。

原因は、管理者がギザスタジオファンというところにありました。



知らんなら知らんでいいから、適当なコメントつけんでほしい。

そもそもギザスタジオリスナーに、「一発屋」なんていわれたくない(笑)。


あと話題のi Phoneですが、僕にはあのよさがさっぱりわかりません。

おそらくMacユーザーではないためですが。

でも「次世代」の初めはみんなこんなもんでしたからね。

2008年7月17日木曜日

イノセンスワールド

今日喫茶店で人を待ってたら横のカップルが

「ヴァンサンカンってどうゆう意味なん?」

「晩餐会のことやで」

ってゆう会話してました。

こうゆう立場に立った人ならわかるかもしれませんが、関係ないのにそわそわしてまいますね。

まるで隣りの人が必死こいて探してるCDが、自分の目の前にあるときのような。

もちろんヴァンサンカンは「25」のことですが、たぶん説明した人は新約聖書のくだりをなんとなくしってたんやろなぁと思います。

その時の彼はイノセンスではなくイノセントでした。

うまいこといった

うまいこといったああああああああ


あまりしられていませんが、投稿の下の写真をクリックすると別のサイトに飛びます。


もう一つ、知らないふりをされていますが、明日は僕の誕生日です。

2008年7月13日日曜日

「許容」の社会学

先日某友人に経済学を教えてくれといわれて、熱心な人もおるもんやなぁと思いつつ、自分があまりしっかり勉強していないことを後悔しました。

経済学というのはちょっと特殊な学問で、学問会得の結果に対して、それを生かしての社会貢献の効果が極めて見えにくい学問です。

どういうことかというと、僕の大学では経済学を4年間勉強した後、4年目の最後に
「しかし今まで勉強した内容では不況を説明できないこと」を教えられます。

あんな偉い人がいっぱい集まっても不況になるんやから、なんとなくわかりそうなものですが。


さて、およそすべてのこの世の消費社会では需要供給の法則が成り立つのですが、ネット社会もその例に漏れません。サイト運営などは供給量に対してアクセス数という結果(報酬)が得られ、それを市場社会で洗練された評価によって企業が広告出させてくださいとゆうてきて広告費で運営するわけです。

なので、ちょっと普通に比べて法則が見えにくくはあるんですが。

運営者はアクセス数を獲得するためユーザーが利用したいと思うレイアウトでサイトを展開します。早い話がみんなが芸能ニュースを見たがるのに、1面に経済ニュースばっかりのっけるとアクセス数が伸びないということになるわけです。


で、前フリが長くなりましたが僕が普段使っているMSNは酷いです。
あんな真面目ぶったレイアウトにしてるのに芸能ニュースばっかりです。これはユーザーのニーズを意味します。

それでもそこに気になるニュースがありました。
山本モナ二度目の不倫と藤木直人が過去にキャバクラ嬢を妊娠させて中絶させたとゆう話。

不倫と中絶の善し悪しはここでは言及しませんが、現段階で、僕には両方とも致命的だとしか思えません。

以前、山本さんが一度目の不倫をしてたさいに僕は自分で擁護の立場をとったことを覚えています。その根拠は、僕が芸能界に人並みに興味のあるほうではなく、芸能界に生きる人が自分にとってなんのシンボルにもアイドルにも、もちろん生きる希望にもならないため、ああゆう芸能リポーターのやってることが一般人の私生活の暴露となんら変わりのない行為だからです。

芸能リポーターの仕事自体が僕にとっては「悪」であるのでそこで曝される人は善悪を判断する対象にはなりえませんでした。


けど今回は許されません。それは「2度目だから」以外にも色々細かい理由があるみたいです(苦笑しながら復帰の準備をしてくれた人に失礼とか)。


ではなぜ藤木の場合は各紙「もう終わり」的な論調なのか。

僕が思うにそれは「代わりがいくらでもいるポジションだから」とゆうことではないでしょうか。

彼はたしかに爽やか系のイケメンですが、ただそれだけです。
別に演技がとりたててうまいわけでもないし、暇つぶしに始めた歌手の方はむしろヘタ。
その彼が「爽やか系」という肩書きを失えば、もはや存在価値はありません。


僕のだいっ嫌いな井上公造とゆうリポーターが「いやー、モナちゃんとは友達なんですけどしっかり反省もしているみたいだし、本当はあんな子じゃないんですよ(だから2度目でもそんな責めてあげないでください)」って公共の電波を使っていってましたが、あれは酷いです。

芸能人の生活の片面のみを伝えて彼らに対する一種のプロパガンダを作ってるのは井上本人やのに。だったらそのハイエナみたいな仕事、やめるべき。

まぁかくして山本には
「知的やけど人の男しかすきになれない」てゆうイメージと
藤木には
「上っ面男」のイメージが
少なくとも僕には加わりました。

ちなみに今年の一押しは、夏帆です。

2008年7月7日月曜日

レッツ・メイク・ア・ウィッシュ


暑いですねぇ。

写真はうちの犬です。最近うちにやってきました。
はしたない格好をしてますが、人間にすれば年のころ16,7のメスです。
犬の世界でも性風俗は乱れつつあるのでしょうか。

近畿地方は梅雨が明けたようです。
それでも例年に比べて雨が少なかったように思ったのは僕だけですかね。
いつもにまして日にちの感覚がわかりにくい生活をしてるのでそう思うのかもしれません。

今日は七夕ですね。
いつもなら笹と短冊を用意している地元の駅に、今年はありませんでした。

初詣の絵馬と同じで、不謹慎かもしれませんが人の願い事をみてるとたまに面白い物があります。


「夢でけぇぇ~!!」てゆうものから

「ちっちぇぇぇ~(笑)」てゆうものまで

様々です。



僕は毎年、形上特に意味なく世界平和を願うことにしてたのですが、今年は仕事がうまくいくよう願っときました。

そういえばこないだ名古屋に行ったときに、大須観音ってゆう変換すれば出てくるぐらい有名な観音様の前でおみくじ引いて大吉やったんですが、中身が壮絶な物でした。

○願い事…他人に妨げられます
○待ち人…くるのはむずかしいでしょう
○なくし物…出ますがおそくなります
○旅行…やめたほうがいいでしょう
○商売…急に下ることがあります

…などなど

「嘘つけぇぇ」っていいたくなるような大吉でした。(お産は安産です)

たぶん、「今より悪くなることはないからこれからは大吉ですよ」っていう意味だったんだと理解しております。
「おみくじを引く瞬間はみんな凶なんだ」と悟りました。


それでは、よいお年を。



2008年6月29日日曜日

私の夢が走ります


昨日所属するフットサルチームが地元の大会に参加して、出場してきました。

久々とゆうこともあり、結果はまぁ誉められたものではないです。
2年前に比べて体力落ちたなぁってゆう実感もなんか寂しいもんでした。

ともあれ夏に向けて鍛えなおすモチベーションが出来たので頑張りたいと思います。



ところで今日は年に二回のグランプリ、宝塚記念でした。
かねてから素質馬と呼ばれていたエイシンデュピティがやっと戴冠。感動的な勝利でした。

僕は基本的には穴党なんですが真っ先に外したインティライミが3着に突っ込んだため的中を逃しました。正直サムソンも押してません。

こうゆう日なので自分なりに強いと思う往年の馬を18頭集めて宝塚記念を作ってみました。
3冠馬は外してます。

1・カワカミプリンセス
2・サイレンススズカ
3・タイキシャトル
4・ミホノブルボン
5・エアグルーヴ
6・トウカイテイオー
7・マヤノトップガン
8・ステイゴールド
9・ダイワスカーレット
10・メジロライアン
11・ウオッカ
12・リンカーン
13・タップダンスシチー
14・エルコンドルパサー
15・キングカメハメハ
16・ヒシアマゾン
17・アグネスデジタル
18・デュランダル

当たり前やけどすごいメンバーやな。
獲れる自信がないわ。

2008年6月23日月曜日

カコトンフライ


写真は〇橋です。焼肉食ってきました。


なんかサーバーの調子が悪いのかなんなのか、インターネットに全然接続できないためしばらくほったらかしてる間に1週間が過ぎてしまいました。

おそらくちまたでは「奴はブログに飽きたようだがいつものことだ」という憶測が飛び交っているでしょうがそんなことはないです。


JR大阪駅で通り魔事件があったそうですね。
今度の犯人は女やとか。

大阪駅を利用する友人が多いために心配なんですが、一体何が目的であんなことをするんでしょうか。

やっぱよく言われている通り、まさにこんな感じで、テレビとかブログで世間を騒がせることが目的なんでしょうか。やとしたらここで取り上げるのは間違いのような気もします。

でも、今回僕が重い腰を上げて書こうと思ったのは、人事ではないと思ったからであって、それは別に秋葉原と大阪の事件を区別しているわけではないというか、やっと現実味を帯びた話になったからであり、今後自分の周りで誰一人不幸にして事件に巻き込まれて欲しくないからであり、そのためにはやっぱそう思う人一人ひとりが明確な敵意を以てこの問題に向き合わなあかんのかなぁと思うからです。


僕が今回怒りを覚える理由がもう一つあります。

今回の犯人は明確な殺意を持っていない。「誰でも良いから人を殺しに来た」という件の事件とは、重みが違います。もっと言うなら、「非常に軽い気持ちで刺しに来た」という感じです。

それは凶器が刃渡りの短いナイフであることとか、切られた人がいずれも軽傷であることなどからそう思うわけですが、僕は殺された人の命の重さという問題をひとまず抜きにして考えるとこういういかにも模倣犯なやつほど重罪やろうと思うわけです。「自分の将来への不安・絶望vs人の命」と「単なる興味vs人の命」。どっちも矯正不可能かもしれませんが、どうしようもないやつってゆうのはやっぱ後者です。


僕は問題を投げかけてほったらかすだけの傍観者になりたくないので一つ提案なんですが、「有害サイト」の定義を拡張したらどうでしょうか。

出会い系サイトが犯罪の温床になるからという理由で禁止されてるなら、もはやああゆう陰湿なサイトを禁止する上で有力な説得力を持つでしょう。集団自殺、通り魔、いじめ、殺人委託、数え上げれば無数に存在する。負のエネルギーは共有する者が集まると乗数的に増えます。もう頼むから普通に生活したいだけの僕らに迷惑かけないでください。



こっからは平和な話なんですけど高校生と事故りました。チャリに乗ってる高校生が前方不注意で僕に突っ込みました。ただ、なぜか飛んだのは向こうでした。ぶつかった瞬間に怪我を避けるため僕が力を抜いたからかもしれませんが、通り魔を避けようと思ったら小学生の時分から合気道やらせるしかないんですかねぇ。

2008年6月15日日曜日

僕は仕事と結婚してるので


事務所の壁面を涼しげな色に塗りなおそうとゆうことになり、ピンクのペンキを買ってきて塗りなおしました。色が色だけにちょっと楽しみにしてたんですが、予想に反してベージュでした。

ローラーにつけたペンキが転がした勢いの遠心力で飛び散り、頭が星野監督になりました。やっすいローラーやったからなぁ。



で、星野さんはまた今日も打ちっぱなしに行きました。前回とは違い今回は玄人に教えてもらったので前回よりもひどく身体が痛みます。

アイアンで120~130ヤードぐらいは飛ぶようになり、ドライバーはその倍ぐらい飛ぶそうなので、あと3回ぐらい行けばネットぶち抜くぐらいのスーパーショットが打てます。



そして念願のハニカミ王子にもなれます。
ゆっとくけど遼くんのはにかみ方なんて比になりません。


関係ないけど友人が結婚しました。(たぶんお金の都合で)呼ばれてませんけど。
ジューンブライドってやつですね。

僕の住む隣の市は大々的に「ブライダル都市」を名乗ってますが、一回もそれらしい施設を見たことがないです。でも今日打ちっぱなしからの帰りに、やっと「貸衣装」の店見つけました。

なんかもっと他になかったんかなぁ。

久しからず

ある程度予想の範囲内だった検索機能におけるグーグルとヤフーの提携以上に僕が驚いたのは、舛添厚労相曰く「労働派遣を(同時通訳とか以外)原則禁止」にするかもしれんとゆう発想がこんなにも早く出てきたことでした。


おそらく政府は前々から潰したかったんでしょうね。でないと「秋葉原で派遣労働者が無差別殺人」→「派遣業禁止」てゆう発想にはちょっと無理がある。せいぜいホコテンを暫く中止するとか、三宮のセンター街に「車両進入禁止」の柵作るといったことが、当面思いつきそうな対応でした。やから、今までとはちょっと質の違う政府の反応に驚きました。


ご存知の方も多いかもしれませんが人材派遣業には大きく分けて2種類のパターンがあります。
1つは仲介業者(人材派遣業者)が派遣労働者の受け入れを希望する企業のポストに適当に何人か送り込むいわゆる「仕事ありき」の形で、もう1つはある資格ないし能力を持った人が希望する職種を仲介業者が抱えてる企業の中から探して斡旋するとゆう「人ありき」の形で、こっちの方は特に「人材紹介業」といいます。


僕は価値観の多様化したこれからの労働市場で、個性を重要視する(名目はそうやけど実際はまだ人材不足で確立はされてない)人材紹介業はいずれ主流になると勝手に思っていたのでとても残念です。派遣業界を潰した後、就職する気のあるニートもそうでない人もフォローできる施策を見つけないと日本の労働体系は80年代に逆戻りです。言われたことだけ素早く正確にできるサラリーマンがまた増えていくことになります。厚労相の発言には僕的にはそんな意図が垣間見えてとても嫌でした。


そうゆう突然の理由でなくなってしまう業界ってホンマ大変やなぁ。雷当たるぐらいの感じやんか。
流行り廃りもあるし。



関係ないですが競走馬につけられる名前も時代を反映してるやつとかたまにいて、ちょっと面白かったりします(たまに痛い)。

ちょっと前やったら「ベンチャーナイン」とか「アイティトップ」とか。


最近は「ブルーアース」とか。


商売始める上で参考になったりします。「環境業」かな。



でも個人的にはもっとかっこええ名前がいいです。

「NAUHIAが選ぶええ名前の名馬ベスト5」
1位:名刀デュランダル

2位:ダンスインザダーク

3位:天馬ディープインパクト

4位:黒き刺客ライスシャワー

5位:ニジンスキー(ロシア人の天才ダンサー)


デュランダル。ナタの切れ味デュランダル。あぁ。



でもたまに変なのがいます。

なんなん「モチ」って

もうお前絶対勝つなよ。

「先頭はモチ!モチが1着でゴールイン!!ニューイヤーステークスはモチが制しました!!」

2008年6月14日土曜日

親学推奨委員会

「公立小学校での給食費未納」てゆう信じられない問題が顕在化しています。
今日爆笑問題の番組で取り上げられてたので触れたいと思います。

問題の概要はというと当然納めるべき給食費を納めない保護者が増え、「わざと納めない」保護者が「経済的困窮を理由」にしている保護者の倍いるという事実です。

僕は大学のゼミで社会経済学を専攻していましたが、「今年一番気になった時事問題」にこの問題を取り上げたことがあります。それぐらいこの事実が日本の根底を覆しかねない大きな危険性をはらんでいると感じたからです。


今公立小学校ではこの問題を受けて給食自体を廃止するか否かで揺れているといいます。
そしてもちろん賛成と反対の立場の人がいるわけですが、各立場の言い分はこうです。

「賛成」
払われなかった分の肩代わりには限界があり、なおかつ一旦廃止することで親に給食の必要性を説く。

「反対」
22億円分の滞納があるとはいえ、これは全体の1パーセントに過ぎない。たかが1パーセントの生徒のために残り99パーセントの栄養バランスが崩れる危険をおかすことはない。



まぁだいたいこんな感じなんですが「賛成」立場をとる僕に言わせれば、「反対」の立場の人たちは問題の主旨をはき違えています。

そもそも僕が一番このことで重要だと思うのは「親のモラル低下」であり「何が大切か」の優先順位が昔と逆になっているということです。

給食費は「地域(1校区)」に属しているという証明です。つまり公立学校は市ないし各自治体から援助を受けているとはいえ各生徒それぞれが地域教育の重要な要素をもつという暗黙の了解の下に納められてきたものであり、コミュニティーにおける地縁を鎌倉時代あたりから顕著に大事にしてきた日本にとってはこの暗黙の了解こそが何よりも重要な掟であったはずです。

最近は死語化してますが、日本には「村八分」という言葉があって、地域の掟を守らない世帯を「仲間はずれ」にするという素晴らしい制度というか考え方やなぁと思うわけですが、これを何より恐れてきたのです。でも今はそれがありません。

僕が危惧するのはここで、地縁を軽んじ始めた人たちが次に引き起こすのは「コミュニティーの混乱」に他なりません。案の定「モンスターペアレント」なる保護者が学校に無茶な要求を迫ったり、平気で地域住民の安全な生活を脅かす輩がはびこったりしてます。


そんなことをいうと論理の飛躍だとおっしゃる方がいるかもしれませんがそれは想像力の欠如です。
給食費も、治安も、ニート問題も、元にさかのぼれば1つなのです。それが「地縁の希薄化」です。それは人のつながりの希薄化、自治体内の治安維持能力の低下、モラルの低下、全てを引き起こしています。それがネット社会の弊害で片付けて良いのかは未だ議論の余地を残すところですが、少なくともその一端は担いでいるでしょう。顔を見せなくても付き合いの出来る時代です。秋葉原の事件なんかもその1つですが明日書くことがなくなってまうのでここでは触れません。

「自分は自分」なんて考え方が今流行の「個人主義」の一環なんて考えも糞食らえです。そんなものはただの子供を盾にしたわがままで、ごね得が「個人主義の許容」に映ってるなら頭入れ替えたほうがいいです。
日本人はいつからか知りませんがアメリカの個人主義を中途半端に輸入してわがままの言える人種になりつつあるようですがあんなものは個人主義でも何でもありません。欧米のいう「個人」とは「お互いを
認める」ということにあります。「自分は自分やから人も人」ではなくどちらかというと逆の発想で、もともとは相手をRESPECT(尊敬というよりは認めるのニュアンス)してからのみ成り立つものです。

なんせこんな大事な要素を含んでるのにやれ1パーセントやからとか寝言もいい加減にしてくださいって感じです。そんなことは二の次です。0に近かったものが1パーセントになったわけですから、その「無限倍」の方を重要視すべきです。それがこれから鼠算式に増えていくのは歴史が証明してるわけで、ほっとくとどうなるかわかってるわけで、こんな問題の本質を見てない発言を民主党の偉いサンが堂々とできるんやからがっかりします。ああゆう人らには全くわからない世界なのかもしれません。


今やからできることが一つあります。
今社会は地縁とゆうよりはその枠がさらに広がってて地縁では縛られない社会になりつつあるので、払わない人たちをネットを利用して「国八分」にすればいいわけです。それが今の社会に合ったモラル維持の方法です。ネット社会に生きる皆さんにも是非協力してもらいたいのです。これ以上モンスターアダルトが増えないように、頑張りましょう。

2008年6月13日金曜日

足どりはアダージョ







名古屋に2日間行ってました。
行くのは初めてじゃないけど名古屋駅前には何個かでかいビルが最近出来てきてて、そのうち一つはモード学園の校舎(?)らしいんやけどそいつが完成してて町全体のオシャレ感が増してました。

そのせいかはわからんけど今回初めて名古屋にはオシャレなオブジェが多いってことに気付いて、そればっかり気になってました。
学生が公園で絵とか描いてて素敵でした。

でも
ショッキングなことが2つありました。

1つ目は名古屋港にある僕の(PUMAの店があるから)好きなイタリア村ってところが潰れてました。
潰れたとこの説明するのもなんですが要はイタリア的なものが売ってるスペースがあるとゆうイタリア好きの僕にとっては垂涎ものの村があり、兵庫県に是非二号店が欲しいと思っていた矢先の悲劇でした。

2つ目はほんましょうもないんやけど名古屋のガイドブックが妙に東京にかぶれてる感じで悲しい、とゆうだけです。名古屋やから行ってるのに「浅草的な~」とか「秋葉原的な~」とか、いらんかったな~。



愛知県って標準語に近いんですね。
自分の住んでるとこの言語文化がいかに特殊なのか再確認させられました。

2008年6月8日日曜日

ライオット・オンザ・ルーフ


新しい職場になるプレハブがガタガタゆうてるので直そうということになり、行ってきました。
一軒家の上に鉄筋組んで作ってあるため、中は6月初旬とゆうのに軽く蒸し暑いし、雨音は響くし鉄は腐りかけてるし木ははがれてるしで大変やなぁってゆうのが正直な感想でしたが、ツリーハウスに住んでる気になれるのは嬉しかったです。(→は全然分からんけどその写真)

田舎に帰ってくるとカルチャーショックに悩まされます。

職場に向かう電車の切符を買おうとすると地元の中学生が50人ほどで並んでいたのですが、彼らはそれ以上に効率のいい買い方を模索しません。「混雑による他人への迷惑」が著しく都会に比べて少ないこのあたり一帯では、コンビニのレジ打ちですらスローモーです。それが田舎のよさといえばそれまでですが、おかげで30分に1本しか走ってない電車に遅れそうになりました。

「時間に余裕を持つ」とゆうことがここで生き抜く秘訣かもしれません。
一足先にこっちに帰ってきてた友人は、完全に馴染んでました。


明日から2日間休みをもらって名古屋に行くため、日曜にも関わらず仕事が山積みです。
でもなんかおかげでやっと社会人ってゆう自覚が出てきました。
社会人、すげーよ。

2008年6月5日木曜日

凡人と海

仕事と勉強の合間を縫って神戸に行きました。
僕は淡路島の生まれやから(かどうかは知りませんが)煮詰まったときにはよく海に行きます。
高校の時分なんかは煮詰まりすぎてほとんど海にいました。

神戸の三宮にはセンター街とゆう商店街があり、5年も前はほんまに地味な商店街やったんですが最近は(主に女性用の)お洒落な店も増え、心なしか反日感情の強い東南アジアの国々の方を見かける機会が増えました。

僕はついこの間まで大阪に住んでいた関係で大阪の人の服装と神戸の人の服装の違いを実感として感じることができるんですが、神戸男性の服装はどうも個人的にしっくりきません。その違いは何か今日ちょっと分かった気がしました。

簡単に言えば見てくれは神戸の方がさわやかでいいし、ディテールのこだわりなんかは大阪的なものの方が優れている気がします。これ以上いうと悪口になるので書きませんが。


アパレル関係も含め、僕はアーティストという人種をほとんど盲目的に崇拝しています。作品に込めた情熱と意味を垣間見た瞬間は何とも言いがたい感動を覚えます。少なくとも彼らは胸のうちに秘めた激情を形に出来るということです。
だから逆に作り手の意図を全く無視した言動には怒りを覚えるし、言葉の意味を履き違えて使う人には違和感を覚えるし、特に信念のない人は尊敬できません。

作品に関して言えば、ここ10年ぐらいのCMは酷いものがあります。「商品に差はないのだ。だから広告で差をつけよう」(引用:梶祐輔氏著『広告の迷走』)とゆう姿勢がはっきりしているためです。それが証拠に、アパレル関係で有名人に着せて宣伝CMを打っているのは大衆向けに大量生産されている某2社製品だけです。UNI〇LOの方は機能性に優れたものがあり打ち出す理由がはっきりしているのでわかるのですが、もう一個の方は何がしたいのか全く分かりません。

「コマーシャル」という言葉には昔から「プロモーション」という意味が込められていたそうです。商品の概要と、使用方法を説明するという意味ですが、最近は「アドバタイズメント」の色が濃く、長澤まさみさんに商品名を連呼させるか新垣結衣さんに連呼させるか、もこみちかそれとも奇をてらった別のキャラクターにインパクトを与えてもらうか、まあゆうても何が言いたいかわからないものが多く、そのひねくり回し方がかえってお寒い感じになっててテレビで流れるだけで不愉快です。

CMでは説明してくれないので、何が本当に自分にあってるのか選択するには「経験則」が必要になるめんどくさい時代になりました。「ブランド」が重要な説得力をもち、「口コミ」がさらにイメージを膨らませて最後に老舗がそれを裏切る。もうホンマ何がなんだかわかりません。

でも、海は変わりません。

終わり

2008年6月4日水曜日

遺伝子組み換え教育

実家に帰ってきているため、食に関してはありがたいことに不自由していません。
困ったことといえば、おかんが物珍しそうに部屋を覗きたがることぐらいです。

飽食の時代と呼ばれて久しいこのご時勢、世界ではエネルギーやら資源不足で食糧の価格が上昇し、各地で暴動が起こってます。食糧自給率の著しく低い我が日本でもその余波をかい物の値段が上がり続けています。

日本の政治は、昔から何か起こってからでないと準備しません。(起こってからの施策はもちろんいくつかは素晴らしいものがありました。)
¨日本の食糧自給率が低い¨+¨世界のエネルギー供給が尽きそう¨=¨日本でもいつか深刻な食糧難が起こる¨という想像は、知識さえあれば小学生にでも起きえます。それでもやっぱり準備は後回しになりました。

イギリスでは1846年に穀物法という法律ができました。これは産業革命後の工業化に備え、穀物を安価に供給しうるシステムで、このため1848年からヨーロッパ諸国で頻発した革命がイギリスでは起こらなかったといいます。イギリスで160年以上も前にできた発想が、日本にはいまだにありません。
なんかちょっと悲しくなります。



大人と子供の重要な違いは、知恵と知識量にあります。
僕は『「頭がいい」という人はどういう人だと思いますか』という質問をされると、「知恵と知識を使いこなせる人です」と答えるようにしていますが、これがどういうことかというと、たとえば

「JR大阪駅から姫路駅まで新快速でちょうど1時間かかる。芦屋から大阪まではどれぐらいかかりますか」という質問があった場合、いくつかの発想(解決法)をもって答えを導き出せる人のことをいいます。

「大阪から姫路まで新快速の停車駅は8駅であり、芦屋は大阪から数えて2つ目。だいたい60分×2/8=15分」
もちろん駅の間隔をもっと正確にご存知の方はより正確な時間を答えられるでしょうが、
「大阪から姫路まで8駅」というところが知識、その後の部分が知恵です。

これらの知識はもちろん義務教育によって身につくわけですが、残念ながら積極的に用いて生きるすべとするように教えられた記憶がないです。僕の発想力のなさはそのへんから来ているのかもしれません。



ともあれこの食糧危機は、日本のシステムを変えうる大きなエネルギーになります。今まではそうやってきましたから。墾田永年私財法やら太閤検地に次ぐ方策が現れることを思いつきたいものです。

2008年6月3日火曜日

弾め!大地

小学生の時分から、休日ともなるとテレビで競馬中継を見ていた父親の影響かそれとも単なる血なのか僕は競馬(見てるのが)好きです。特に予想がうまいとかそうゆうわけではありません。
でも、でかくて速いもの(個人的にはそれプラス黒光りするもの)ってゆうのは男子永遠の憧れだと思います。

6月1日は日本ダービーでした。
どんなレースか簡単に言うと、3歳になる馬の頂点を決めるレースでホースマンなら誰でも賜杯を夢見るといわれる有名なレースです。

このレースに勝ったディープスカイとゆう馬はいわゆる追い込みタイプというやつで、道中何となく力を残しながら後ろの方をついていって最後の直線でライバルをゴボウ抜きする僕の好きなスタイルです。

僕が生まれる前、ミスターシービーという馬がいました。その馬が先述ダービーを含めた3冠を達成した瞬間の実況が、「大地が弾んで、ミスターシービー!」やったそうなんですが、彼もまた後方からゴボウ抜きタイプでした。
僕の父親はシービーに張って返ってきたお金で母親の入院費を払ったという疑惑があるそうですが、もしそうやとしたら僕にはシービーの血が。




人生出遅れた僕は今力を余していた(と思われる)状態で最後の直線に放り出されました。
そんな僕にディープスカイは力をくれました。

ありがとうディープスカイ。

でもお前のおかげで馬券は取り損ねたわ。
あんな身体で2400m持つなんて聞いてません。

2008年6月2日月曜日

手を抜かないのがマナーです

20代の真ん中ってゆう年頃は高校やら大学を出て働く人が出てきたりパートナーを見つけて結婚する人が出てきたり将来について思い悩むことがだんだん増えてきたり何かと忙しい時期です。ちなみに僕は3つ目の人です。

先日下宿を引き払い、完全に社会の浮き草となってしまうわが身を案じつつもごくたまに誇らしく思ったりします。無茶は若い時のほうがしやすいですから。若さを浪費することなく素敵に老いるために、経験したことを記録していくのもええなぁと思いました。ここからは今日の記録



人生初の「打ちっぱなし」を経験しました。友人のドライバーを振り回し、左に派手なカーブを描きました。すぐ上の天井に跳ね返ってきたボールのおかげで何個か得しました。素人の僕は全球(120球)グローブなしでフルスイングするため、マメが7個でき、コーヒーカップを持つ手が震えます。あっ、写真とか載せればよかったんやな。以後気をつけます。



昨日の自分の、1つ上。」
nauhiaでした。