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トータルライフコンサルタント 相続診断士

2008年6月14日土曜日

親学推奨委員会

「公立小学校での給食費未納」てゆう信じられない問題が顕在化しています。
今日爆笑問題の番組で取り上げられてたので触れたいと思います。

問題の概要はというと当然納めるべき給食費を納めない保護者が増え、「わざと納めない」保護者が「経済的困窮を理由」にしている保護者の倍いるという事実です。

僕は大学のゼミで社会経済学を専攻していましたが、「今年一番気になった時事問題」にこの問題を取り上げたことがあります。それぐらいこの事実が日本の根底を覆しかねない大きな危険性をはらんでいると感じたからです。


今公立小学校ではこの問題を受けて給食自体を廃止するか否かで揺れているといいます。
そしてもちろん賛成と反対の立場の人がいるわけですが、各立場の言い分はこうです。

「賛成」
払われなかった分の肩代わりには限界があり、なおかつ一旦廃止することで親に給食の必要性を説く。

「反対」
22億円分の滞納があるとはいえ、これは全体の1パーセントに過ぎない。たかが1パーセントの生徒のために残り99パーセントの栄養バランスが崩れる危険をおかすことはない。



まぁだいたいこんな感じなんですが「賛成」立場をとる僕に言わせれば、「反対」の立場の人たちは問題の主旨をはき違えています。

そもそも僕が一番このことで重要だと思うのは「親のモラル低下」であり「何が大切か」の優先順位が昔と逆になっているということです。

給食費は「地域(1校区)」に属しているという証明です。つまり公立学校は市ないし各自治体から援助を受けているとはいえ各生徒それぞれが地域教育の重要な要素をもつという暗黙の了解の下に納められてきたものであり、コミュニティーにおける地縁を鎌倉時代あたりから顕著に大事にしてきた日本にとってはこの暗黙の了解こそが何よりも重要な掟であったはずです。

最近は死語化してますが、日本には「村八分」という言葉があって、地域の掟を守らない世帯を「仲間はずれ」にするという素晴らしい制度というか考え方やなぁと思うわけですが、これを何より恐れてきたのです。でも今はそれがありません。

僕が危惧するのはここで、地縁を軽んじ始めた人たちが次に引き起こすのは「コミュニティーの混乱」に他なりません。案の定「モンスターペアレント」なる保護者が学校に無茶な要求を迫ったり、平気で地域住民の安全な生活を脅かす輩がはびこったりしてます。


そんなことをいうと論理の飛躍だとおっしゃる方がいるかもしれませんがそれは想像力の欠如です。
給食費も、治安も、ニート問題も、元にさかのぼれば1つなのです。それが「地縁の希薄化」です。それは人のつながりの希薄化、自治体内の治安維持能力の低下、モラルの低下、全てを引き起こしています。それがネット社会の弊害で片付けて良いのかは未だ議論の余地を残すところですが、少なくともその一端は担いでいるでしょう。顔を見せなくても付き合いの出来る時代です。秋葉原の事件なんかもその1つですが明日書くことがなくなってまうのでここでは触れません。

「自分は自分」なんて考え方が今流行の「個人主義」の一環なんて考えも糞食らえです。そんなものはただの子供を盾にしたわがままで、ごね得が「個人主義の許容」に映ってるなら頭入れ替えたほうがいいです。
日本人はいつからか知りませんがアメリカの個人主義を中途半端に輸入してわがままの言える人種になりつつあるようですがあんなものは個人主義でも何でもありません。欧米のいう「個人」とは「お互いを
認める」ということにあります。「自分は自分やから人も人」ではなくどちらかというと逆の発想で、もともとは相手をRESPECT(尊敬というよりは認めるのニュアンス)してからのみ成り立つものです。

なんせこんな大事な要素を含んでるのにやれ1パーセントやからとか寝言もいい加減にしてくださいって感じです。そんなことは二の次です。0に近かったものが1パーセントになったわけですから、その「無限倍」の方を重要視すべきです。それがこれから鼠算式に増えていくのは歴史が証明してるわけで、ほっとくとどうなるかわかってるわけで、こんな問題の本質を見てない発言を民主党の偉いサンが堂々とできるんやからがっかりします。ああゆう人らには全くわからない世界なのかもしれません。


今やからできることが一つあります。
今社会は地縁とゆうよりはその枠がさらに広がってて地縁では縛られない社会になりつつあるので、払わない人たちをネットを利用して「国八分」にすればいいわけです。それが今の社会に合ったモラル維持の方法です。ネット社会に生きる皆さんにも是非協力してもらいたいのです。これ以上モンスターアダルトが増えないように、頑張りましょう。

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